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ヴィクターの帰郷

ヴィクターの生家があるという村に着いたとき、フィアは彼の手を借りて馬から下りるなり、柔らかな草のうえに体を投げ出してしまった。
そのまま、そこから動かない。
「……何してる?」
さすがに訝しみ、彼は呆れたような顔でそれを見下ろした。
「もう、馬に乗らなくていいんだと思って。嬉しくて」
フィアは草のうえに横たわったまま、彼のほうを向いて笑った。春の光のように楽しげに。
トリエスの港街を出発し、それから半月近い旅のあいだずっと馬に乗っていたから、そこから解放されるのはすがすがしい気持ちがした。
「ここが目的地だからな」
彼は一度は物わかりよく頷いてみせたが、すぐに「汚れるからよせ」と注意した。
馬は馬で、フィアの態度が気に入らないというように首を下ろして鼻息を吹いてみせた。フィアはその馬──雄だから彼というべきだろう──に鼻先で威嚇されているのを感じながらも、道中、本当によく歩いたり走ったりしてくれた馬なので、そこのところは心から感謝をしており、腹を立てる気にはならなかった。それに、実に格好のいい馬なのだ。
「……ねえ?」
「なんだ?」
彼は馬の手綱を外していた。どうしてそんなことをするのだろうと思いながらも、フィアは訊ねた。
「この馬って、馬上槍試合で乗ってたのと同じ馬?」
「いや」
彼はフィアに背を向けた格好で答えた。
「そうよね。なんだか、色が違う気がしたの」
「あれはノイエに借りた馬だ」
「この馬じゃ駄目だったの?」
フィアは身を起こし、しげしげと馬を見つめた。この馬なら、戦場だってひるむことなく走りそうなのに。
「俺の馬の特徴を知ってる人間は少なくないから、念のためにやめただけだ。足のところに入ってる斑点で分かる。少し変わってるんだ」
「ふうん。そうだったの」
「ワシュトリアには、この馬を連れていった。よく走った」
「いくつなの?」
「歳か? 馬の」
ヴィクターは怪訝な顔をして振り向いた。
「うん、そう」
「妙なことを聞くやつだな。こいつはウルリクに貰ったんだが、そのときはまだ子供だった。あれからだいぶ経って、そうだな……。たぶん、十六、七ってとこだ」
「ふうん……。そうなの……あっ」
フィアは驚いて声を上げた。
手綱を取り外された馬が、ぱっぱか、ぱっぱかと、好きな方向へ走り出したからだ。
「逃げちゃう……?」
フィアはちょっと茫然としてそれを見送った。
「ただの散歩だ。じきに戻ってくる」
彼は言って、フィアに手を差し伸べた。
フィアはその手につかまって立ち上がった。
二人一緒に、のんびり歩いて村に入っていく。
「ここが、あなたの生まれた村なのね……」
フィアは感慨にふけって呟いた。
「あなたのご両親の家はどこ?」
「もう少し先だ」
最初は物珍しそうにそれを見守っていた村人たちが、何かに気づいたように顔色を変えた。
畑を耕す道具を投げ捨てて、ばらばらと駆け寄ってくる。
「──ヴィ、ヴィクターさま!」
「なんと、お懐かしゅうございますな! まさか、あなたさまが戻っておいでになるとは!」
「ご病気っちゅう噂を聞いとりましたが、お元気そうで!」
「あ、あっしを覚えておられますか? あなたの親父どの、アルベルト殿下の御用勤めをしていたもんで……」
男たちが朴訥な口調で口々に言うのを、ヴィクターも懐かしそうに眺めた。
「覚えてる。忘れるはずがない。……懐かしいな。皆、あまり変わってないようだ」
「あれからもう何年が過ぎたか……。このバルタザール、もうとうに老いぼれでございます。しかしまあ、ご立派になられたもので。この村を出て行かれたときは、まだ十二・三の子供でいらしたのが……」
彼を囲んで涙ぐむ村人たちの言葉を聞きながら、フィアはそれとなく移動して、近くの木の幹の後ろに移動した。こういう感動の再会の場面に、昔の思い出と何も関係がない自分がいるのは妙だと思ったからだ。しばらくここに隠れていよう。
「国王として即位なされたと風の便りにお聞きして、住む世界の違ってしまわれた方だと……」
「う、うちの息子が村に帰ってきとるんですよ! 子供のころ、よう遊んでいただいて。ちょ、ちょっと呼んできますんで!」
「あ、ああ、それならうちのおっかあも! きっと腰抜かしますで! すぐ呼んできますから!」
「いや、先に家に入ろうと思ってるんだ。……少し待ってくれ。夜には順番に挨拶に行くから」
彼が苦笑して言いながら村人たちを押しとどめるのを、フィアはとても珍しいものを見るような気持ちで見ていた。
──そうか。ここが本当に、彼の生まれ育った村なのだ。
旅のあいだ、あれこれ話を聞いていたところにやっとたどり着いたのだと思うと、しみじみとする。
けれど、そこには悲しい再会もある。彼の母であった人はもうこの世におらず、父であった人は、墓すらないらしい。国王命令で城に召喚された直後、何者かに襲われて命を落とした。その遺体はうやむやのうちにどこかに持ち出され、そのせいで墓におさめることができなかったのだという。
その話はそれ以上語りたくない話だったらしく、彼は言葉少なになって、フィアもそれ以上は聞かなかった。何か理由があって、彼が叔父と対立するようになったのだとは思っていたから、おそらくはそこに原因があるのだろうとは、思いながら。
(でも、親類のイグナーツさんとスティーナさんがいるし、それにシグワスさんも……)
そこまで考えて、フィアは首を傾げた。シグワスはどこで生まれたのかわからないが、この村には来ていないようだ。もしそうなら、彼ならヴィクターになりすますこともできたはずだ。しかし、そういうことはなかったようだ。子供のころから城の地下室にいたというし、彼の出生には謎が多い。
(この人と結婚したら、シグワスさんとも親戚になるのかしら? ……そうよね?)
フィアはどこかピンと来ない感じで、木の後ろに隠れていた。
しかし、立ち話は長引いた。村人は次から次に増え、老いも若きも男も女も、挙句の果てには教会の神父も喋れない幼子も、犬までが呼び集められてしまった。その人垣がすごすぎ、彼が見えないほどになる。
フィアは彼らの話を内心では楽しく聞いていたのだが、今日も朝早くから馬の背にゆられていたので、少しばかり眠くなってしまった。
木の幹にもたれて、自分でも知らないうちにうとうとする。
村に着いたのは昼前だというのに、最終的にフィアが彼に起こされたのは、空が夕暮れの色に染まってからのことだった。
「すまん。話し込んだ」
珍しく、悪いというような顔で彼が言った。
フィアは目をこすりながら立ち上がった。
「ううん、いいの……。だって、何年かぶりに戻ってきたんだものね。話が弾むのも当然だわ」
「そのおかげで、夜の挨拶回りはせずにすむぞ。もうほとんどすんだ」
「ふうん。それじゃ、よかった。夜は早く眠れそう……」
フィアは小さくあくびをした。
──と、その体をひょいとすくい上げられる。
「……わっ!」
あっというまに抱き上げられてしまった。
「もう十分昼寝しただろう。夜は俺のために時間を使え」
「いっ、いつも使ってるじゃない!」
フィアは恥ずかしさと怒りで顔を赤くした。
「言いたくないけど、あなたのせいで、わたし……ちっとも旅の疲れが取れてないんだから! どこの宿に泊まっても当たり前みたいに“する”のはどうかと思うわ。普通、宿って休むところじゃない!? 今まで、言うのを我慢してたけど……今日という今日は言わせてもらうわ。あ、ああっ、ああいうことは! ひと月に一回くらいで十分なはずよ! そうじゃないなら、特別な日だけにするべきだわ。一年に一回とか! あなたは夜に少ししか寝なくても平気みたいだけど、わたしはほんとに──」
「大きな声でわめくな。人が見てるぞ」
彼はさすがに呆れたようにたしなめた。
フィアははっとして彼の首にしがみつき、まだあたりにいる村人たちが目を点にしているのを目撃した。
「………」
──恥ずかしい。さすがに、心から恥じ入った。
追い打ちをかけるように、歩きながら彼が言う。
「慎みのない娘だと思われたろうな。これからここに住むのに……」
「そうなったのは誰のせいなの!?」
フィアは泣き出さんばかりの顔になった。
「わたし、あなたとはなんの関係もないって言ってよ! ただの使用人か何かだって!」
「使用人を連れて城を抜け出して、こんなところで遊んでるとしたら問題だろうが?」
そうは言いながらも、ヴィクターは内心、村人たちからはそうとしか見えていないだろうと思った。
──まあ、ほとんど似たようなものだ。言い訳するほどのことでもない。
彼は早々に、この村における自分の評判を諦めることにした。十日もしないうちに、『国王に即位なされたと思ったら、さっそく執務を投げ出して、こんな人目につかないところで素性の分からん娘と戯れておられる』などと言われるに違いないのだ。
「だいたい、それよ……仕事はどうするの? あなたの仕事はいっぱいあるのに。お城に戻らないなんてわがままを言って。そのせいでこの国が大変なことになったら、どうするの!」
抱えあげられているフィアが、彼の耳元でぎゃあぎゃあとわめき続ける。もう生娘ではないというのに、相変わらずやかましい娘だと彼は内心で思った。別にその声は耳触りではないが……。
「レヴィンが必死で片づける。あいつは俺のサインも書けるしな」
「それ、偽造じゃない? 偽造サインよ! ひどい! 一国の王さまが、そんないい加減なことでいいと思ってるの? わたし……情けないわ。王都に戻らないとか王位を捨てるとか、そんなことばっかり言って。わたしのせいでそんなことになるなら、もうあなたのところにはいられないわ、ヴィクターさん!! 明日にでも出ていくから!」
「おまえ、いい加減に普通に名を呼べよ。ルーデック=エルケルは呼び捨てだったくせに、それより付き合いの長い俺が敬称ってどういうことだ?」
昨晩も注意したのに、なぜかフィアの名の呼び方はなおらない。微妙に気に入らないところだった。
「それ、今言うこと? わわ、わたしはあなたに注意をしてるのよ! 国民のひとりとして!」
「たいした税金も払えないのに何が国民だ。おまえのために俺が使った時間を計算すれば……ほら、着いたぞ。下りろ使用人」
「勝手に抱き上げておいてなんなの! もう……あなたって最低だわ! 前から分かってたけど!」
フィアは真っ赤な顔でまくしたてた。
「だいたい、『使用人』って言ったのは、村の人の手前よ。二人きりなのに言う必要ないじゃない! わたしはあなたの使用人じゃないのよ。もしそうしたいなら給金を払ってよ。それなら、ひと月に一回じゃなくても我慢するわ。お給金をくれるなら!」
「馬鹿か、おまえは……。そういうのを売春婦というんだ」
いったいどこからそんな発想が出てくるのだろうと、ほとんど感心しつつも、彼は厳しいしかめつらを作って指摘してやった。こういう世間知らずを放置していると、またろくでもない災難に巻き込まれるに違いないからだ。
初めて気づいたというように、フィアが言葉に詰まる。
「ばっ……!?」
「どうしてもなりたいなら止めないが、おまえみたいなのは何日経っても買われずに売れ残るだけだぞ」
「……なっ……売れ……っ!」
泡を食っているフィアをほうって、彼は久しぶりに足を踏み入れた家の中を見回していた。
──がらんとしている。
家具はそのままだが、テーブルはわきによけられ、椅子も隅に片づけられているせいだ。
いい思い出もたくさんあるが、それを遮るように、暗い影を帯びた思い出も次から次へと思い出されてくる。
自分をめぐってのことらしい、父と母の四六時中のいさかい。城に行ったきり戻ってこず、葬儀さえもできなかった父。それでも『王都へは行かせない』と頑なに言い張った母。王都からの迎えが来た日。祖父の騎士たちが次から次へと踏み込んで来、この家の中には母や使用人たちの悲鳴があふれた。
遠ざかる家。城で聞かされた、母の孤独な死。
幸せだったときがあるだけに、すべてが崩れたあとには空しい気持ちが残った。
それで、ここへ戻って来る気にはなれなかったのだ。長いあいだ。
思えば、この家に起こった争いのすべては、父と自分が王族だったことに起因した。
偉大なる国王イヴァーンの血。
祖父の業績を間近に見たわけでもないし、今となってはそれを過大に評価しているわけでもない彼にとっては、ただ呪わしいだけの血だ。その呪わしい血が自分にも流れているのだ。権力のために人を蹴落とし、身内に毒を盛り、ためらいもなく殺す。そういう血が、この体の中に確かに流れている……。
血で血を洗う争いを繰り返してきた、歴代の王族たち。その側近たち……。
この穢れた血には、もはや子孫を残す価値すらないのかもしれない。
それでも、人並みに自分も結婚したいと望むのだから、人の欲というものはどうしようもないものだ。
「……ど、どうしたの? 急に、黙り込んで」
フィアがいつのまにか目の前に来ていて、心配そうに顔を見上げてくる。
「悲しいことでも思い出したの?」
「いや……」
彼は首を振った。それから、目の前のフィアを抱いて引き寄せた。
「あまりにも久しぶりに戻ってきて、勝手が分からなかっただけだ」
額に軽く口づける。
「片づけよう。夜には寝られるようにしないとな」
「今日はひとりで寝るわ。あ、あなたがなんと言ったって、そうするから!」
「勝手にしろ。俺だって、毎日おまえの裸ばかり見るのに飽きてきたところだ。そうするとも言ってないのに」
彼は冷ややかな口調で言ってやった。どうも、毎晩のように甘やかしているせいで、つけあがってきたらしい。そういう兆候を感じた。むろんそれは、言うまでもなく悪い兆候だ。『この人は自分に夢中なのだ』などと思われては、これからの生活に支障が出るではないか。先は長いというのに……。
「……何よ! あなたって最低だわ! 勝手なことばっかり言って!」
フィアは泣きそうな顔で叫んで、ダッとそこから走り去ってしまった。
さほど広くはない廊下の向こうで、階段を駆け上がり、二階へ上がっていく音が聞こえる。足音からして、かなり動揺しているか、怒っているかのどちらかだと分かった。──その両方という可能性もある。
(……言いすぎたな)
彼は珍しく素直に反省したが、今すぐに追いかけて、謝るという気はなかった。そんなことをすれば足元を見られる。結局こういうことは、好きになったほうが分が悪いのだと知りつつ、少しでも自分を有利にするために、ここは知らん顔をすることだと自分に言い聞かせた。
そのうえで、おまえのことなんかそれほど好きじゃないという顔で背を向けて寝れば、向こうから不安になって寄ってくるだろう。それを待つのだ。──と、彼は今まで必要だと思ったこともなければ、一度も立てたこともない“落とす作戦”を練りつつ、埃だらけの部屋の片づけを始めた。
しかし、途中で気づいた。
(落とすも何も……俺が先に落ちてるじゃないか)
そのことに気づいて、彼は顔をしかめた。──これでは無意味だ。
戦場ではもっとましな作戦を立てられるのに、自分の頭はこういうことに意外と向かなかったらしい。
そもそも、そんなにまでして心を奪いたいと思った女もいなかった。落としたいと思ったこともなければ、戻って来てほしいと思ったこともない。
──やはり、さっきは言いすぎたと謝りに行ったほうがいいかもしれない、と、彼はろくに掃除に集中できないまま考えた。別に今日の夜がどうとかこうとかいうのではないが、自分の生まれた家に戻って来た最初の夜が喧嘩というのは、さすがに味気ないではないか……。
「……おい、フィア!」
彼はついに歩き出した。
「何よ! ……きらい! 近づいてこないで!」
二階から、フィアが身を震わせるように怒鳴り返してくる声が聞こえる。
その声の調子は、怒っているのが半分、悲しんでいるのが半分というところだ。
彼は思わずのようににやりと笑った。ああ言われてショックを受けるくらいなら、最初から文句を言わなければいいのだ。
「掃除の前に、何か食いに行くぞ。近くにうまい飯を出す宿があったはずだ。今も変わってないなら」
「………」
フィアは姿を見せず、黙っている。たぶん、おいしいご飯なんかでつられないと、自分に言い聞かせているところだ。考えることはもう、手に取るように分かる。
「おまえの意見を尊重してやるから、機嫌を直せ」
「………」
「両親の思い出の残る家で、最初の夜が喧嘩か……。残念だな。ここにはいい思い出ばかりあったのに」
「……ちょ……ちょうど、お腹も減ってたし、別に……一緒に“行ってあげても”いいけど!」
フィアはぐじぐじと目をこすりながら階段を下りてきた。彼はそれを見上げ、腰に片手を当てた。
「……泣いてるのか?」
「なっ……泣いてない! あくびしただけ!」
フィアは目を剥いて怒ってきた。
ヴィクターは肩をすくめ、「あばらの浮き出た貧相な体にさっそく飽きられたショックで、泣いてるのかと思った」と言った。
するとフィアは、憤りのあまり真っ赤になり、「あ、ああ、あなたに言っておきますけどね! ここを出て行ったって、わたしには行くところはいっぱいあるのよ! 聖アルメリア! 聖ドロテア! 聖イローナ! スティーナさんだって泊めてくれるだろうし、クリステラさんだって、一日や二日は泊めてくれるに違いないわ! おいしいご飯つきで! そ……それが全部だめでも、最後の最後でノイエさんのところに行ったっていいんだから! あなたは知らないだろうけど、あの人からは、『意地悪な国王陛下なんてやめて自分と結婚しませんか、自分のほうが幸せにします』……とか、そんなふうなこと、言われたのよ。そうしたほうが良かったって今は心から思ってるところ! だって、あなたよりずうっと紳士的だもの! あなたと違って、キス以上の野蛮なことなんてしなかったし!」と、わめき散らした。
彼は何も言わなかった。無言で腕を組み、険しい顔で穴が開くほどじいっと見つめてやっただけだ。
フィアは自分が墓穴を掘ったことに気づいた。それこそ、穴があったら入りたいというような顔で、
「今の、全部うそだから……」
と蚊の鳴くような声で言った。
彼はフィアの腕を掴むと、それを引きずって大股で歩き出した。
「嘘かどうかは、これから聞いてやる。飯を食いながら」
「……はい」
ずるずると引きずられながら、フィアは恐怖のあまり身を縮める。
──どうやら、この家で作る新しい思い出は、楽しいものになりそうだ!
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2012 / 01 / 31. Posted in 騎士と乙女2 完結記念 [編集]

フィアの結婚 1 -結婚式の招待状-

結婚式の招待状を四苦八苦して六枚書き上げたところで、フィアはくたくたになって吐息をついた。一枚を書くのに鐘ひとつぶんくらい時間がかかってしまったから、早朝からやり始めたというのに、気づけばとうに夜になってしまっている。
「大変だわ……。やっぱり、書いてもらえばよかったかも」
せっかくヴィクターに用意してもらった羊皮紙だが、二十枚のうち十四枚も失敗して書き直してしまった。彼が戻ってきて、この惨状を見たらなんというだろう? 失敗してぐちゃぐちゃになった羊皮紙の山を見たら。
「高いのかな、この紙……。そうだよね。羊の皮なんだもの……」
フィアはテーブルのうえに上半身を伏せて呟いた。
皮をはがれたうえに、失敗されてしまうなんて、羊にしてみたらとんでもなく腹立たしいだろうと思うと、自分の字の下手さが悲しくなってきた。ちょっと斜めになったからって、捨てなきゃよかった。
でも、しょうがない。結婚式の招待状だと思うと手が震えてしまい、どうにもうまくいかなかったのだ。
「羊さん、ごめんなさい……。許して」
フィアはため息をつき、目を閉じた。
それからどれくらいの時間が経ったのか、気づけば寝てしまっていた。
夜になり、ヴィクターが帰宅してきた。
「ただ……」
扉を開けた彼はそれきり立ちすくんでしまった。
玄関とそのままつながっている食堂のテーブルに、フィアが顔を伏せて居眠りをしている。その足元には羊皮紙が不規則に並べられて置かれていた。インクを乾かすつもりだったのだろうか。まるで絨毯のようになっている。
彼は一歩進んで身を屈め、そのうちの一枚を拾い上げた。
「………?」
何が書いてあるのかさっぱり分からなかった。
彼は向かいの椅子を引いてテーブルについた。
いつもやっているように、羊皮紙を前に置き、灯りとインク壺を手元に引き寄せる。もちろんこのテーブルは執務机よりも狭いものだが、寝ているフィアの髪をよけても、なんとか紙を一枚置くくらいのスペースはある。それに、最近は城の執務室ではなく、牛小屋で仕事をしている。その机は微妙に傾いているから、それよりはこっちのほうがましだ。この机は昔、父が自分で作ったものだからしっかりしている。
彼はフィアが書き上げた招待状をしげしげと眺めた。
(これは聖アルメリア、こっちが聖ドロテア……いや、逆か? これはどう見てもD、これがR……)
頬杖をついて熟考しつつ、なんとか送り先を判読する。字から読もうとすると読めないが、フィアの知り合いはそれほど多いわけではないから、そこから逆算すればなんとか分かりそうだ。難しい問題に挑戦するような顔で彼は招待状と格闘した。自慢ではないが、ウルヴァキアの古代文字は全部読めるのだ。たぶん城の中でそれができるのは自分だけであるが、その貴重な学習経験はこんなときにも役立ってくれたようだ。
判読が済むと、羽ペンの先にインクをつけ、フィアの書いた、古代文字のごとき字のうえに地味な修正を加えていった。これで、自分以外の人間にもなんとか読めそうな文字になったはずだ。「くこん・すぬつ」としか読めないところも、控えめに書き足して「結婚します」に変えておく。最初は怪しい人名かと思ったが、どの招待状にも書いてあるので、そうではないと分かった。これが言いたかったらしい。
(聖アルメリア、聖ドロテア、これはクリステラ、こっちはノイエとデュリ、これがスティーナ、これはエティエンヌ……)
送り先も何も書いていない招待状の隅に、王都の何区、何々邸と、おおよその住所を書き足しておく。これで無事に届くだろう。
他は書き損じのようだ。
何枚か足元にあるのを拾い上げ、眺める。
古代文字を見慣れてきた目には、それはカレフ、と読めた。

──カレフ兄さん。お元気ですか? 今、どこにいますか? わたしは、結婚することになりました。ケルツェ村というところです。よかったら来てください。おばさんの話も、たくさんあります。ずっとあなたを待っています。

ヴィクターはそれをしげしげと眺めた。
フィアの兄の居所は、実のところ彼は知っていた。レヴィンが、とある修道院の名簿を見ながら、『これはシスター・フィアの親族では? 国境にいた例の人物と名前が同じですが』と雑談がてらに言ってきたからだ。
王都からずっと西へ行ったところにある、閉鎖的なことで有名な修道院だ。
彼は、フィアの兄である人物が『妹をよろしく』と言ったことを思い出した。あのときはよろしくされる気はなかったというのに、気づけばこんなことになっているのだから、人生というのはつくづく分からないものだ。
彼はその招待状に、その修道院の名前と、“院長室宛”の注意を書きくわえておいた。
それから、自分の意志でもう一筆をつけくわえる。

──該当の修道士を期日までに当村に送るよう、国王の名において命じる。ヴィクター=ウル=ファルス=シヴェリウス。

これで来るだろう。
彼はフィアの背中に、彼女が椅子の背に掛けたままにしている肩掛けをかけてやり、その場を立ち去った。寝る前に風呂に入るためだ。そのさい、アラリス宛の招待状を目ざとく見つけ、懐にしまっておくのも彼は忘れなかった。



「……フィアから手紙!」
驚いたようにゲルトルードは言い、その手紙を持ってアデルハイドのところへ走った。
今、ふもとの村の配達人から届けられたばかりの手紙だ。
普段ならそれを受け取るのは院長のアガタだが、今は副院長のベセルが危篤になり、寝たきりになっているため、そちらの世話でかかりきりだ。アガタにとっては、ベセルは母親のような存在なのだった。歳も、アガタが六十、ベセルは八十近いのだ。
「シスター・アデルハイド! シスター・フィアから手紙よ!」
「ええ? なんですって? シスター・フィアが……」
アデルハイドは食堂の床を拭いているところだった。驚いたように立ち上がり、やってくる。
「──フィアから!? ちょっと、あたしに先に見せなさい!」
外から鬼のような顔をして食堂に駆け込んできたのは、庭の掃き掃除をしていたロゼッタだ。
彼女はゲルトルードの手から手紙を取り上げると、それを開いた。
「………」
顔色が変わる。
「あら、結婚ですって!」
「へえ。あのときの男かしら、やっぱり」
「そうでしょうねえ。ずいぶん夢中だったみたいだし……」
ロゼッタが黙りこくっている横で、アデルハイドとゲルトルードがひそひそと話し合っている。
「くっそ……あいつめ!」
ロゼッタは歯ぎしりし、羊皮紙を床に叩きつけた。
そのあと、急いでそれを拾い上げた。フィアからの手紙に罪はないのを思い出したのだ。
「まともな職にもついてないくせに、あの子と結婚する気なんだわ。……行って、邪魔してやる!」
「おやめなさいよ、シスター・ロゼッタ。そんな、小姑みたいなこと……」
「そうよ。相手がどうだろうと、好きなんだから、いいじゃないの」
「あたしはあの子の姉代わりよ! あんたたちだってそうでしょうが!」
ロゼッタは仁王立ちになって怒鳴った。
「そうだけど、でも、わたしはシスター・フィアの幸せを願ってるわ。邪魔するなんて……」
アデルハイドが切なげにため息をついて言う。
「素敵じゃないの、結婚。ここを出て行って良かったわよねえ。こんな幸せを掴むなんてね」
実のところ、彼女は結婚に失敗していた。それでここへ来たのだ。
フィアが結婚するとは思っていなかったが、言われてみれば、ここにいる修道女たちの中では、フィアが一番普通に結婚しそうな娘だったようにも思える。
「ケルツェ村、か……。どこだったかしら。ちょっと地図を取ってくる。院長室の壁にはってあるやつ」
ゲルトルードもすたすたと食堂を出て行ってしまった。
アデルハイドがそれを見送って、ため息をつく。
「でも、路銀がないわ。ニワトリを売りに行ったほうがいいかしらね?」
「それなら、院長のヘソクリがあるけど……」
ロゼッタはしかめっつらで言った。アデルハイドは驚いた顔になった。
「あら、よく知ってるのね、シスター・ロゼッタ!」
「掃除してるときに見つけたのよ。でも、銀貨が三十枚だけだけど」
「すごいじゃない! きっと村まで行けるわ。わたしたち三人だけだったら!」
「ふん! どうせ院長は行かないわよ。シスター・ベセルも、いつ死んじゃうか分からない状態だから」
ロゼッタは男のように腕を組んで言った。
アデルハイドは胸の前で、乙女のように両手を組み合わせた。目を輝かせる。
「じゃあ、さっそく計画しましょうよ! 旅行の計画!」
「まあ、いいわ! あの黒髪男が、いったいどんな顔であの子と結婚するのか見てやるわよ。『薪割りに来い』って言ったのに、全然来もしない、恩知らずなやつだったけど!」
ロゼッタは苦々しげな顔で言い捨て、食堂を出て行った。
アデルハイドはその背中を見て、困ったように苦笑した。
「シスター・ロゼッタ。ほんとは嬉しいくせに……素直じゃないわねえ……」


「まあ……。シスター・フィアが、やっぱり結婚ですって!」
カレンが、その手紙を手にして驚いたように言った。
「え、本当?」
エミリアがびっくりしたように横からのぞきこむ。
ちょうど三人で、副院長室でお茶会をしていたところだった。院長室から使いが来て、この手紙を渡されたのである。
「あ、本当だ。結婚するって書いてあるわ! 信じられない!」
「それにしても汚い字ね……。もうすこし綺麗に書けないの?」
ジュリアも、手紙をのぞきこんで呆れたように言った。
「相手は誰?」
エミリアが眉をひそめ、顎に手をやって考え込む。
フィアが国王と結婚するという噂は、フィアがいなくなったあと、煙のように立ち消えてしまった。
その後、国王はクリステラとの結婚を発表した。聖ドロテアの修道女たちは、なんともいえない顔でそれを信じた。『かわいそうに、シスター・フィア。あんなに急いで、まるで夜逃げみたいに還俗したのは、国王陛下との結婚のためじゃなかったんだわ。それが破談になったからだったのね……』。多くの修道女たちが、沈痛な顔でそう言いあったものだった。
フィアのような純朴な、若い修道女をかどわかすなんて、国王陛下は本当にひどい方だ。
という評価が、すでに聖ドロテアでは定まっていた。ここには貴族の子女が多いが、ほとんどが国王と面識がない。もちろん、親しく話したこともない。だから、悪口を言うのにそれほど気が引けることはなかった。
「シスター・レオノーラにも見せたほうがいいわね。そのあと、皆さんに回して読んでもらわなければ!」
カレンはひとり頷き、長い修道服の裾をつまんで、いそいそと部屋を出ていく。
ほどなく、副院長室にトニアが来た。彼女は何も知らずにここへ来たようだった。
「はぁ……。さっき昼寝をしてるとき、シスター・デュリの夢を見ちゃった……」
トニアは憂いがちにため息をついた。
「どんな夢なの?」
「あの人が、格好いい王子さまになってるの。それでわたしに愛を告白してくれる夢よ!」
トニアは、お茶会用のテーブルについて、自分の分の菓子はないかとばかりに目で催促した。
「厨房に行かないと、もうないわよ。それより、いったいどういう夢なのよ、それ。シスター・デュリは女じゃない!」
ジュリアが呆れたように言った。
トニアはそれに反論する。
「でも、王子さまみたいだったわ! 彼女、背が高かったし……」
「どうでもいいわよ。それより、シスター・フィアが結婚するんですって」
「……彼女、国王陛下に捨てられたんでしょ? 陛下はシスター・クリステラと結婚するって、みんな噂してるわ。今はご病気で、それどころじゃないみたいだけど」
トニアは唇をとがらせて、つまらなさそうに言った。
自分のところには王子さまからの迎えがないのに、フィアだけ幸せになるというのは納得がいなかった。
「やっぱり遊びだったのよ。絶対そうだと思ってた。悪いけど、シスター・フィアが王妃になれるはずないもの! あたし、ずっとおかしいと思ってた!」
「相手のことは書いてないから、たぶん、わたしたちの知らない人なのよ。きっと」
エミリアが手紙を隅々まで眺めて、推測した。フィアの汚い字と、少ない情報量から得られることはほとんどなかったが、それでも、自分には何かの第六勘が備わっていると信じる彼女は、書いてある以上のことを読み取れるような気がしていた。
「でも、この羊皮紙、けっこう上等なものじゃない?」
ジュリアが怪訝そうな顔で指摘する。「貴族の邸にあってもおかしくないようなものだわ」
エミリアは人差し指を顎に当てて、目を上にやった。
「じゃあ、相手はちょっとした金持ちなのかもしれないわ。商売で成功してる人とか……。そうね、たとえば……異国の絨毯売りとか。シスター・フィアはその手伝いをしていて、いつのまにか恋仲になったのよ……。あるいは、胡椒商人?」
「シスター・エミリア、雲をつかむような話はやめてくれない? 分からないんだったら黙ってればいいのよ」
ジュリアが苛々したように机を叩いて言う。
「……行ってみれば分かるわよ!」
エミリアも手紙を投げ出してしまった。
「ケルツェ村って、王都からそんなに遠くないところにある村だって、さっきシスター・カレンも言ってらしたんだから。みんなで行って、どんな人と結婚するのか見てみればいいのよ。そうすれば何もかも分かるわ!」
「あたし、行きたくないなぁ……。人が幸せになるところを、なんでわざわざ見に行かなくちゃいけないの? シスター・フィアだって、ちょっと一緒にいただけで、そんなに仲がいいわけじゃなかったのに」
トニアは沈鬱な顔で言った。
「じゃあ、留守番してなさいよ。シスター・トニア」
「わたしたちのぶんまで掃除しておいてね」
ジュリアとエミリアに言われ、トニアはふくれっつらになった。
「そんなの嫌よ! 掃除させられるくらいだったら行くってば!」
「シスター・カタリナはどうするのかしら。……あ、もうシスターじゃないけど……」
エミリアが慌てて言い直す。
カタリナはあれ以来、この修道院に戻っては来なかった。
ゴドセヴィーナ伯爵家は、さまざまな罪を問われて、今や王都を揺るがす醜聞のもととなっている。国王が公爵令嬢と結婚するという話や、そのあとの急な病の噂がかすむほどの騒ぎだ。あまりにも大きな騒ぎになってしまったので、その一員であるカタリナも、ここに顔を出しづらいのだろうと思われた。王都にある伯爵家は差し押さえられてしまったのに、行方は分からない。
「そうね。シスター・カタリナ、どうしていらっしゃるのかしらね……」
ジュリアも、神妙な顔で言った。
カタリナにはずっと従ってきたが、本当は爪はじきにされるのが怖くて、言うことを聞いていただけだ。本当はずっといやだった。だから、彼女がいなくなったとき、内心ではほっとしていたのだ。エミリアは本気で寂しがっていたが……。
「手紙を出してみれば?」
「……どこに?」
「分からないけど」
エミリアは力なく肩をすくめた。カタリナに会いたい気持ちはあったが、今のままでも別にいい気はしていた。カレンを中心に若い修道女たちは団結しているし、こうやってみんなでお茶会をして、噂話をしながら憂さを晴らすこともできる。何も困ってはいない。
「ねえ、シスター・カレンのところに行かない? 他の人たちが、この知らせをきいてどんな顔をするのか見てみましょうよ!」
エミリアが提案すると、ジュリアとトニアも頷いた。
「そうね。そうしましょ。こんなところにいたって、面白い情報は何も入ってこないもの」
「じゃ、じゃあ、あたしも行く!──」


「とうとう結婚だって。……残念だね、兄さん。好きだったのに」
デュリが手紙を広げて言った。
ノイエは自分の領地の、公爵家本邸にいた。そして自分の執務室で書類を片づけているところだった。
同じ邸の中にいる父が病状が悪化しているため、最近では、大事な用事がこちらに回されることが増えている。仕事は多い。
国王ヴィクターに対して、「領地に戻らせていただく!」と宣言してから、彼は速攻でそうした。本当に頭に来ていたのだ。自分の代わりにクリステラと結婚しろとは、いったい何を言っているのだ、あの人は? まったく──理解しかねる!
「縁が無かったんだ」
ノイエは怒りを押し殺して書類を片づけながら、そう言った。
「わたしと陛下は、ほとんど同じ時期にフィアさまと知り合ったんだ。それなのにこうなった。縁がなかったと言うしかない。そうでなければ、今ごろその招待状を出しているのはわたしだった」
「本気で悔しそうだね……」
デュリは兄の姿を眺めて、ちょっと苦笑した。
何人かの貴族令嬢と付き合ってはきたが、それほど本気になったことがなかった兄を見て、この人は、あまり女に執着がない、要するに誰でもいいのだと思い込んでいた。ところが、フィアは違っていた。
「ねえ、兄さん。昨日、父上に妙な話を聞いたんだよ」
「妙な話?」
「シスター・フィアの故郷の村だよ。あの、リヴォーとかいう」
「知っているよ。それが?」
「あそこはうちの領地だってことも知ってるだろう?」
「ああ。そうだったみたいだな」
「兄さんが養女にしようとしてた娘はどうなったって父上に訊かれて、あれは立ち消えになったって言ったんだ。そうしたら『あんなに珍しく必死になっていたのが、どういう心境の変化だ?』と仰るからさ。ぼくも暇だったし、つい、余計なことを話しちゃって」
「……何を?」
「シスター・フィアが、リヴォーって村に住んでる、ごくごく平凡な娘だって話とか。兄さんが、どうしてその娘を養女にしようとしたのかとか。そのへんのことを、まあ……その、あまり支障のない範囲で父上にお話ししたんだよ。そうしたら、父上が仰るんだ。『昔、自分もとても好きだった女性がいて、彼女はその村に住んでいたのを思い出した』って」
「……へえ」
ノイエは怪訝な顔をした。初耳の話だ。
書類を書くのをやめて、羽ペンをインク壺に戻してしまう。
「父上にも、そんなロマンスがおありになったのか……。意外だな」
「いや、僕はさ、もしかするとその女性ってのがシスター・フィアの母親だったんじゃないかと思って」
「そんな偶然はないだろう。考えすぎだ」
ノイエは笑った。しかしデュリは真剣な顔だった。
「分からないよ。父上と兄さんは似てるからね。もしかして、同じ女性……親子だけど。それを、好きになっちゃったのかもしれない」
「だとしたら、奇跡的な偶然の話だな。……まあ、ないと思うけど」
ノイエはあくまでも「ない」と言い張った。父と同じような女性を好きになってしまうなんて、ピンと来ない話だ。それに、そんな偶然があるわけがない。
「父上は、その娘に会ってみたいから、今度機会があったら連れてきてくれって言ってた。……父上はもうだいぶ弱ってきておられるからさ、僕もつい『分かりました』って言っちゃった」
「いい加減なことを約束するんじゃない」
ノイエは苦言を呈した。
今さらフィアをここへ連れて来られるわけがない。それはもう終わった話ではないか。
「それに、昔好きだった女性の娘なんて連れてきたら、あの母上がなんと仰るか……」
「怒らせとけばいいんだよ。父上の見舞いもせずに、使用人を引き連れてリンデンスブルクに旅行に行っちゃったような人なんてさ! だいいち、侯爵令嬢の母上とは、家の都合の結婚だったんだ。父上には他に好きな人がいたとしても、全然不思議じゃないよ」
「家の都合の結婚……か」
ノイエは顔を曇らせた。「クリステラ嬢も、さぞ迷惑しているだろうな……」
「でも、昔彼女と婚約してたんだろう?」
「昔のことだよ。わたしは貴族であることが嫌になって、この家を飛び出した。エトヴィシュ公爵家からは、婚約破棄の報せが来た。それきりだよ」
そう言いながらも、ノイエは、子供のころはクリステラとよく遊んだことを思い出した。
机に頬杖をつき、遠い目をする。
昔は互いに公爵家どうし、親戚づきあいのような感じだった。
クリステラは今は社交的で明るいが、昔は引っ込み思案で、内気な子供だった。いつも恥ずかしそうにはにかんで、柱の後ろに隠れていたのを思い出す。その彼女を中庭に呼び、エトヴィシュ公爵家の美しい庭で、一緒に花輪を作ったのはいい思い出だ。彼女は本当に楽しそうに笑っていて……。
しかし、何もかも昔のことだ。
自分から家を飛び出し、婚約を破棄したも同然の自分を、クリステラはあまり良くは思わなかったろう。しかもそのあと、彼女の評判は傾く一方だった。前国王から求婚をされ、現国王からは結婚の噂を立てられ……。
そう思うと、自分に原因があるような気がしなくもないが……。
そうはいっても、クリステラは別に、どうしても自分と結婚したかったわけでもないだろうし。
自分ごときのせいで彼女が不幸になったと考えるのは、あの美しい人には失礼にあたるだろう。
「彼女は辛抱強い人だよ。本当に感心する。わたしなら、こんな馬鹿げた話を持ち込まれたら、何を考えているのかと国王陛下をなじるだろう。たとえ女だったとしても、張り手の三発はくらわせずにおかない」
「まあ、とりあえず、一緒に茶でも飲んできたら? この話を破棄するにしても、そのことを二人で話し合う必要はあるんだからさ。国王陛下が勝手に決めたことだって言っても、僕ら貴族はそれを無視するわけにいかないんだから」
デュリのとりなしに、ノイエはため息をつきながら頷いた。
「そうだな……。近いうちに王都に戻って、エトヴィシュ公爵邸に顔を出すとしよう。気が重いが」
「ぼくは留守番をしてるよ、兄さん。父上の風邪が心配だからね」
「ああ、留守を頼めれば心強い」
ノイエはしげしげとデュリを見た。
「おまえはこれからどうするんだ? その……人生の先のことを含めて?」
「んー……。兄さんが公爵位を継いだら、ぼくは兄さんの伯爵位を貰って、気楽に暮らすよ。そういうのが性に合ってると思う」
「そうか。……それがいいかもしれないな。貴族なんて、位が上がるほど不愉快なことばかりがある。それだけ、あの性格がねじまがった国王陛下に近づくってことだからね」
「ぼくは別に、あの人は嫌いじゃないけど……。でも、兄さんの意見がそうなるのも当然だと思うよ」
デュリは大人びた答え方をして笑う。ノイエも、つい、というように苦笑し、それから笑い出した。
2012 / 01 / 31. Posted in 騎士と乙女2 完結記念 [編集]

フィアの結婚 2 -聖ドロテアの修道女たち-

ケルツェ村で、二人の結婚式が行われたのは、予定より遅れて春になってからのことだった。
──この日、村には、遠方から続々と客が集まっていた。
聖アルメリア女子修道院からは、院長のアガタと、ロゼッタとアデルハイドの二名が、聖ドロテア女子修道院からは若い修道女のほとんどが、クラウザール家からはイグナーツの妻セラエと、妹のスティーナ、エトヴィシュ公爵家からはクリステラと彼女の侍女たちが、ラディウス公爵家からはノイエが、近衛騎士団からは団長のメルヴィンと、厳しい抽選を勝ち抜いて出席の権利を手に入れた十人の騎士たちがそれぞれ出席をしていた。


フィアの衣装の着付けをしているのは、スティーナとセラエだった。
スティーナは城の衣装庫から二十着もドレスを持ち込んできていて、数台の馬車から次々に荷物を下ろさせたので、自前で「ちょっとこぎれいな服」を着ようと思っていたフィアは度肝を抜かれた。──何も、そんなに大げさにしなくていいのに!
「国王陛下と王妃さまのご結婚なのですから、これくらいはしないと!」
と目を輝かせて言うスティーナに、フィアは心のなかで、
(ヴィクターさんは、国王をやめるつもりなのに……。秋も冬もお城に帰ってないし、牛飼いの仕事も順調だって言ってたのに……。スティーナさんは何も知らないんだわ)
と悩んでいた。
「それにしても、こんな小さな教会でねえ……。国王陛下も変わっていらっしゃるわ。わたしの想像以上に」
長い黒髪をすっきりとポニーテールにしたセラエが、ひどく不思議そうに言う。
「まあでも、わたしとイグナーツの結婚式だって、ほとんど誰も呼ばずにやったんだしねえ……」
彼女はイグナーツと結婚し、今は正式にクラウザール家の人間になっている。結婚式は王都の片隅にある古くて歴史のある教会で、ひっそりと身内だけですませてしまっていた。それを聞かされたフィアは残念で仕方がなかった。──出たかったのに!
「呼んでくれたらよかったのに、セラエさん!」
フィアは、心から残念に思ってセラエに言った。今さら言ってもしょうがないが、本当に残念だったのだ。
「ヴィクターさんの従兄のイグナーツさんと結婚したってことは、わたしの従姉になるんでしょう? それなのに、家族だけで結婚式をしちゃうなんて……。わたしだって家族なのに!」
「そういうけど、あなたを呼ぶと、国王陛下も呼ばなきゃいけなくなるから、すごく面倒だったの」
セラエは相変わらず飄々として言う。
「別に、騎士団を全部連れていくわけじゃないのに。わたしとあの人と、二人だけで行ったのに」
フィアはまだ未練がましく言った。セラエにも、ヴィクターはじきに国王ではなくなるのだから、そんなことは気にしなくていいのだと言ってやりたかったが……。そのことはヴィクターに口止めされているから、うかつに言うわけにもいかない。
「ま、まあ、でも……ホラ、セラエさんは、そのう……元が異国人……でいらっしゃるし……」
スティーナが、フィアの花嫁衣裳の裾を直しながらしどろもどろに言う。
「なんというか……その、あまり大げさでないほうが、慎み深くていいんじゃないかという話に……」
「わたしが外国人で異端者で娼婦だから、あんまり人に知られたくないって思ってるのよ。この人は。それで、そそくさとやる案に賛成したの」
セラエは、義理の妹に対して率直すぎるほど率直に言った。
スティーナは顔を赤くした。
「まあ! ……ちょっと、セラエさん! 誰もそんなことを言ってないじゃありませんか! わたしはただ、クラウザール家は、前の前の国王陛下に破門された家ですから、ひっそりとやったほうがいいと申し上げただけよ」
「言わなくても、心の中では気にしてるんでしょ。わたしだって分かってるわよ、そんなこと」
「今さら自分で言わなくても宜しいじゃありませんの! そんな……人さまに恥になること!」
「恥で悪かったわね! 今は真面目にやってるじゃないの! イグナーツとだってうまくやってるし」
「別に文句なんて言ってませんわ。毎日毎日、暑苦しいほど仲が宜しくて、けっこうだと思ってます!」
わあわあ言いながら、フィアの髪をといたり、編んだり、それに花を挿したりしている。口はやかましく動いているが、それと同じくらいに彼女たちの手も素早く動いていて、フィアは鏡の中の自分の髪型がどんどん変わっていくのに目をみはるばかりだった。
「……ちょ、ちょっと豪華すぎない? この髪型?」
フィアは、ずいぶんと長く伸びた自分の髪が、まるでお姫様のように三つ編みのくるくるになっていくのを見て、さすがに少しひるんでいた。ただの村人の結婚式というには、これはちょっと……。
「古風なお姫さまふうなのよ、フィア。とってもかわいいし、何も変じゃないわよ」
セラエが横から鏡をのぞきこんでうけおった。鏡の中、彼女はとても幸せそうな顔で笑っている。
こんな笑い方が出来る人だとは知らなかった。きれいな人だけど、いつもどこかに影があったのに。
「セラエさんと親戚になったなんて、なんだか……信じられない気分」
フィアはため息をついた。
セラエはフィアの頬に横から素早くキスをした。
「あなたのおかげで、この国に来られたようなものよ。感謝してるのはわたしのほうだわ」
「ちょっと……セラエさん! 花嫁に勝手にキスをしないでくださる!?」
スティーナがそれを見咎めて目を剥いた。いったい何をしているのだという顔だ。
「あら、ごめんなさい。ただの、感謝のキスだけど」
セラエはすました顔だ。フィアも面食らってはいたが、文句は言わなかった。セラエはとてもいいにおいがするし、その唇はひんやりとして冷たくて、なんだか、よく分からないが……微妙にいい気分がした。思わず、その頬を指で押さえてしまう。
「女どうしでキスなんかしないで! もう……なんてふしだらなのかしら!」
「あなたもしたら? スティーナ。あなたの嫌いな国王陛下にとられちゃう前に」
「やめてくださいな! まったく、あなたと話しているとわたしまでふしだらになりそう!」
スティーナは真っ赤な顔でわめいたあと、怒ったような足取りでどこかへ行ってしまった。
「……あら、お客さまよ」
セラエが窓の向こうに目をとめる。
春の日差しの中、連れだって歩いてくるのは修道女姿の人々だった。
「聖ドロテアのみんなだわ」
フィアは立ち上がりかけたが、セラエに肩を押しとどめられた。
「まだ髪が出来てないの。動かないで」
「は、はい……」
「シスター・フィア!」
待ちきれないというように走りだし、最初に飛び込んできたのはエミリアだった。
「ねえ、ちょっと! いったい誰と結婚するの? あの招待状には相手の名前も何も書いてなくて、道中、ずっとその話をしてたのよ。あなたが誰と結婚するのかって話!」
エミリアはフィアの肩を揺すらんばかりに近づいて言った。
「シスター・フィア、久しぶりね!」
続いて入ってきたのはトニアだった。
「シスター・トニア! 本当に久しぶりだわ! 元気だった?」
「元気に決まってるじゃないの。でもあいにく、国王陛下はご危篤なんですって? ずっとお城で寝ているって。まあでも、陛下はシスター・クリステラとご結婚なさるんだから、もうあなたには関係のない話よね!」
トニアは小柄な体の腰に手を当てて、強がりのようにプイと横を向いて言った。
「え、う、うん……そ、そう……」
フィアはしどろもどろになった。
動くと叱られるし、着なれない衣装を着ているし、いつもと勝手が違っている。客と喋るのも大変だ。
「だから、言いなさいよ。誰と結婚するのか!」
エミリアがフィアに詰め寄る。結婚の祝いを言いに来たというより、問い詰めるという雰囲気だ。
その後ろから、慌てたように修道服の裾を上げてカレンがやってきた。問題のある修道女たちに走って先を越されてしまい、急いでやってきたというふうである。
「まあ、シスター・エミリア、シスター・ジュリア、シスター・トニア! せっかくのおめでたい日に、何を荒々しく叫んでいるの? 外まで丸聞こえよ! 恥ずかしい」
「シスター・カレン!」
フィアは思わず立ち上がってしまい、カレンの手を握った。
カレンはその顔を見つめ返し、屈託のない顔で笑う。
「お元気そうね、シスター・フィア! あなたが結婚するなんて、本当に夢のようだわ! たとえ……その、お相手が誰であったとしても! あなたが選んだ人なら、きっと幸せになれると思うわ!」
「歳はいくつなの?」
ジュリアが眉をひそめて訊いた。
「え、えっと……」
フィアはあたふたした。──いくつだったっけ!?
彼は二十九になっていたんだっけ? それともまだ二十八だった?
こんな大事なことを知らなかったなんて……とフィアは恥じ入ってしまい、
「えっと……あの、わたしよりかなり上だけど、結婚できないほどじゃないわ! それに、歳なんて気にしたことないし!」
と、内心の動揺を隠しながら言った。
「かなり上……」
ジュリアは顎に手をやって、考え込んだ。
四十とか五十ではないかとか、六十まではいくまいとか、修道女たちは小声でひそひそと話し合った。
「……職業は何をしてる人?」
エミリアがカレンの肩に手を置いて、後ろから訊ねてくる。
「牛を飼ってるの。近くの村で」
フィアは、そこのところは少しばかり誇らしい気持ちで言った。剣を振り回す野蛮な仕事に比べれば、誰にでも自慢できる立派な職業だと思いながら。
しかし、そう言った瞬間、聖ドロテアの修道女たちは凍りついたように硬直してしまった。
その場の雰囲気がなぜかお通夜のようになってしまったので、フィアは怪訝な顔をした。
そのとき、フィアにとって懐かしい声が外から聞こえてきた。
「フィア!」
「……ロゼッタ!」
フィアは部屋を飛び出して外に走り出た。セラエが困ったようにため息をつく。
凍りついている修道女たちに対して、彼女は真面目な顔で訊いた。
「なんだかよく分からないけど、裏でお茶でもいかが? よかったら?」
「え、ええ……。い、いただきます……。すみません」
カレンがめまいを覚えながらも、なんとか頷いた。
──牛飼い! 国王と婚約までしていた人が、年老いた牛飼いと結婚!
「こんなことになったのは、あ、あの“おばさま”のせいでは……。ああ、やっぱり、あの日修道院を出ていくのを止めておけばよかった! あの怪しい親族の方にお知り合いでも紹介されて、あのシスター・フィアのことだから、断りきれなくなってしまったに違いないわ」
カレンは、めでたいときに涙を拭うために用意していたハンカチをふところから取り出し、泣きだした。
「どう見ても、何か思惑のありそうなご親族の方だったのに! わたしには分かっていたのに!」
「しょ、しょうがないわよ、シスター・カレン……。そんなの、あたしたちのせいじゃないってえ!」
トニアがその背に手をおいて、冷や汗を飛ばしながらカレンを慰めた。
「ちょうど、陛下との結婚話が駄目になったころでしょ? 田舎の牛飼いに心惹かれるのも当然だわ。だって安定職だもの。それにあたし、牛飼いって、シスター・フィアにわりと似合ってる人だと思う。きっと人柄も素朴なのよ」
「実際、すごく気楽そうな顔をしてたわよね。なんの悩みもなさそうな……」
ジュリアも鋭く指摘する。エミリアはそれに深々と頷いた。
「さっきのシスター・フィアを見たでしょ? もう、これ以上文句がつけられないってくらい幸せそうな顔をしていたじゃない! もしかしたら、すごく格好のいい牛飼いの人かもしれないわ」
恰好いい牛飼い? 何かちょっと想像がつかないが……。
「そ、そうね。シスター・フィアは幸せなのだから、わたしが泣くことはないのだわ。……ぐすん」
カレンは涙を拭きながら部屋を出ていく。そのあとを修道女たちが続く。
セラエは、先にお茶の準備をするためにそこをあとにしていた。
2012 / 01 / 31. Posted in 騎士と乙女2 完結記念 [編集]

フィアの結婚 3 -聖アルメリアの修道女たちと、謎の招待客-

「あの男はどこなの? なんでうちに薪を割りに来ないんだって、とっちめてやる! あんなに世話してやったのに、本当に恩知らずなやつ!」
ロゼッタは男勝りに腕をまくって、息巻いていた。去年の冬のあいだ、山奥の修道院でひとりでやけくそになって薪を割り続けたため、その腕は本当にがっしりしてしまっている。
「ま、薪割りなら今度行くから!」
フィアはあわててロゼッタを押しとどめた。そして、かたわらのアデルハイドを見る。
アデルハイドはなぜか、修道服ではなく、貴婦人のようなドレスを身に着けていた。
「もしかして還俗したの? シスター・アデルハイド?」
「ううん。人に借りたの」
おっとりと首を振る。
「というかね。ここに来る途中で実家に立ち寄って、拝借したのよ。若いころに母が作ったまま、一度も着ていないのがあったものだから。だって、せっかくの結婚式なんだもの、おしゃれして出たいじゃない? うふふ」
アデルハイドはいたずらっぽく微笑んでみせる。その髪は申し分なくきれいに結い上げられており、ドレスも、品がよく上等なものだ。こういう恰好をしていると、この人ももとは良い家の生まれなのだと分かる。空腹のためにベッドの下にパンを隠すような暮らしをしているというのに、生まれ持った気品はこうしてひとつも損なわれていないのだから、ある意味では驚異的なことだった。
彼女は優しく笑ってみせた。
「それにしても、きれいに支度できたわねえ、シスター・フィア! とっても素敵じゃない。わたしも、あなたがそんなにおめかしするなら、もう少し派手なのを着てきても良かったわあ……残念」
「何いってんのよ! 馬鹿じゃないの! 修道女のくせにドレスとか!」
ロゼッタはアデルハイドの脇を肘でどついた。
「あいたっ! ……もうっ、あなたって本当に乱暴なんだから!」
アデルハイドが怒ったような顔をする。本当に痛かったらしい。脇腹をさすった。
「ゲルトルードを連れてくりゃよかったわ。引きこもりのくせに、珍しく行きたがってたのに!」
「じゃんけんで負けたのがいけないのよ」
アデルハイドはむっとふくれっつらをする。もう三十をすぎているのに、相変わらずそういう仕草は子供っぽいのだった。
フィアは目をみはった。
「どうしてじゃんけんなんてしたの? もしかして、お金がなかったの?」
「別に、そうじゃないんだけどさ……」
ロゼッタは腕組みして舌打ちした。
「シスター・ベセルが具合が悪くて、誰かが残らなきゃいけなかったのよ」
「そうなの? すごく悪いの?」
「歳だしねえ。……で、風邪をこじらせちゃって。いつものことっちゃ、いつものことなんだけどね」
「知らなかった……。お見舞いに行かないと」
フィアは顔をくもらせた。高齢でしょっちゅう風邪をひいているベセルだが、さすがに歳も歳だから、お見舞いに行かなければならないだろう。でないと、もう別れも言えないかもしれない。
「まあ、なんだかんだいって、持ち直しそうな感じはするけど。……とにかく、最初は院長が残るって言ってたのに、あの人ったら、結局『ちょっと珍しいものを見に行くのも良いかもしれないわ。“シスター・アガタの回顧録”のネタになるし』とか言いだして、ついてきたのよ!」
「院長、姿が見えないけど……どこ?」
フィアはきょろきょろとあたりをみまわした。
「それが、わたしの実家にいるのよ」
アデルハイドがため息をついた。
「ええ?」
「旅の途中で、ぎっくり腰になっちゃったの。もう全然動けなくて、無念で、滝のように涙を流して泣きながら『わたくしのかわりに、結婚式がどんなだったか、逐一報告してちょうだい! 出た料理の内容まで全部!』って言うの。特に、結婚式の料理はすごく楽しみにしてたのよね……。あわれで、見ていられなかったわ」
「院長……」
フィアも残念な思いがした。あの人にも、自分の晴れ姿を見てもらいたかったのに……。
「久しぶりに会いたかったのに、こういうときにぎっくり腰になっちゃうなんて!」
「なんだったら、結婚式のあとにうちに遊びに来たら? そうしたら院長に会えるし、ついでにシスター・ベセルのお見舞いもしたらいいじゃない。……あっ、そのときに、あなたのだんなさまを連れていらっしゃいよ! それで、ざくざく薪を割ってもらえばいいのよ。……ねっ、シスター・ロゼッタ!」
アデルハイドが、いいことを思いついたというように顔を輝かせた。
「う、うーん……。まあ、いいけど。それで。フィアがいいなら」
「あとで聞いてみる! たぶん、いいって言うと思うけど」
フィアも笑顔で答えていたが、その視界の隅に妙な人物の姿が引っ掛かってしまい、その顔が硬直した。
な──なぜ、彼がここにいるのだ!? よりによって……。
信じられないものを見てしまい、フィアは死ぬほど動揺した。
「あ……あ、ちょ、ちょ……ちょとあの……」
フィアは激しくうろたえながら、手をひらひらさせた。
ロゼッタとアデルハイドが怪訝な顔をする。
「何よ? あんた、どうしたの。顔が赤いわ」
「どうしたの? シスター・フィア? わたしには青ざめて見えるけど……」
「あの、あの、そっ、そこの建物の裏に、お茶の席が用意してあるから! そっ、そこで……」
フィアは唾を飲み込み、必死で言った。
そのとき、ちょうどスティーナが近づいてきた。彼女は手を振ってきた。
「フィアさま! 着つけがまだ途中ですわ! お戻りになってください」
「スティーナさん! この二人に、お茶、お茶、お茶を出してあげて! わたし、ちょっと……!」
フィアは泡を食って叫ぶと、ドレスの裾を持ち上げ、走り出してしまった。
「ええ!? ちょっと……フィアさま!」
スティーナは唖然となった。
「……なんなの? あの子? 急に、毒きのこでも食べたみたいな顔して」
ロゼッタもぽかんとした。
「お腹でも痛くなったのでは? こういう晴れの日に、緊張しすぎてしまって」
アデルハイドも怪訝そうに少し首を傾げて、その後ろ姿を見送る。
ロゼッタも「そうかもね……あの子の場合」と同意するしかなかった。


「──なんでここにいるの!?」
フィアは“彼”を村の建物のかげにつれていき、叫んだ。
「知らねえよ!」
彼はムッとしたように言いかえした。日かげで、腰に片手を当てて。
そこに佩いているのは近衛騎士の長剣だ。その服装も、近衛騎士団の正装である。いつもより立派に見えるのは、その服装のせいかもしれない。
でも、顔は変わっていない。
前より少しだけ男らしくなったように見えるけれど、それくらいだ。彼は彼だ。──ルーデックだった。
「あ、あなたに招待状出してない……わ……。出そうかとは思ったけど」
「俺だってもらってねえよ、そんなもん! ──いらねえし!」
ルーデックは苦々しげに言い捨てた。
「じゃあ、なんでいるの!?」
「だから、知らねえっつってるだろ!」
彼は怒鳴った。フィアはびくりとした。
「おまえはあの夜からいっぺんも帰ってこねえし、もうここには戻ってこねえだろと思って、家も引き払ったよ! あほみてえだろ、俺が一人で住んでたってよ!」
彼は、フィアが怖じ気づいているのを見て、その刺々しい口調を少し改めた。
「で……その、お、王都に戻ったんだよ! 他に仕事もねえし。続けるしかねえだろ、この仕事を!」
「こ、近衛騎士なのね」
フィアは頷いた。それは、見れば分かる。
「辞めなくて、よかった。あなたには……その、似合ってると思うから……」
「うるさい、おまえに言われたくねえ!」
ルーデックはまた刺々しい口調になった。
「ご、ごめんなさい……怒ってるの?」
「怒るわけねえだろ。俺は試合に負けたんだ。あれでキッパリ区切りはつけたつもりだったんだ! おまえが戻ってくるなんて思ってなかった。忘れるつもりだったよ、おまえのことは! なのに、なんでこんなところに自分がいるのか、さっぱりわからねえ! だから怒ってんだよ!」
ルーデックはどすの利いた声で怒鳴った。
フィアと会わないあいだに、彼は二十になっていた。
王都の近衛騎士団に戻り、毎日まじめに訓練を積んでいた。おかげで、この数か月で剣はだいぶ上達したのだ。若い騎士たちとも、喧嘩ばかりしていてもしょうがないからと、気が進まないのを押して話をし、知り合いになり、最近では一緒に酒場に行けるくらいになっていた。
目指す“出世”にむけて、何もかも順調だったのだ。──ここに来るまでは!
「……よっ、シスター・フィア!」
建物のかげからひょいと顔を出した人がいた。ベリスだった。
「ベリスさん!」
「結婚おめでとう! いやあ……やっとそうする気になってくれて、良かった良かった!」
彼は屈託なく笑っている。
フィアは、「でも、あの人、もうすぐ国王をやめちゃう気でいるみたいですけど」とは言えなかった。ぎこちなく笑う。
「あ、ありがとう……ございます」
「顔がこわばってるね。だめじゃないか、せっかくかわいく支度できてるのに」
ベリスはそう言ったあとで、後ろからルーデックの頭をゴチンと殴った。
「痛ッて!」
「こいつが悪いな! どう考えても!」
「なんすか! なんで俺が……」
「まあ、許してやってよ。こいつも、何も知らずにここに来ちまったんだ」
「何も知らずに?」
フィアは怪訝な顔で、ルーデックとベリスの顔を交互に見た。
ベリスはルーデックの肩をべしべしと叩き、深く頷いてみせる。
「ここの教会がさ、あんまり大人数入れないってんで、近衛騎士団の中で“公平に”くじ引きをやったわけさ。そうしたら、まあ……俺は実は、抽選じゃなくて、ヒゲ団長のお供で選ばれてたんだけど、こいつは見事にそのくじの当たりを引いちまってさ。“選ばれし十人”ってわけ」
「くじ……」
フィアは、あんなにたくさんの騎士がいるのに、どうしてよりによってこの人が当たりくじを引いてしまうのだろうと思い、なんともいえない気持ちでルーデックの顔を見た。彼は彼で、「なんだ、その同情するような顔!」と不愉快そうに言った。
「公費で田舎に旅行に行ける権利が当たったって聞いて、喜んで来たらこのざまだよ。あの人の結婚式だなんてふざけた話聞いてたら、死んでも来なかったのによ!」
ルーデックは苦虫をかみつぶすような顔で言った。それから、花嫁姿のフィアを見てなぜか顔を赤くし、ぶるぶると震える指で指差し、「だから言ったんだ、『知らねえ』って。俺は来たくて来たんじゃねえよ! 勘違いすん……」と言いかけたが、
「こいつ、べろべろに酔うときみの話ばっかりでさ」
ベリスがにやにやしながら言う。
「ちょっ……」
ルーデックが、何を言い出すのかという顔で目を剥いた。
その横で、ベリスが相変わらずの軽い口調で続ける。
「『なんで好きになったのか分からないけど、気がついたら好きだった』とか……なんでも、王都からどっかの村まで一緒に行ったんだってな? それだけで惚れられるなんて、きみもほんとに罪作りだな! シスター・フィア!」
「ンなこと言ってませんって! 作り話しないでくださいよ!」
ルーデックは真っ赤な顔で怒鳴った。
「照れちゃって。ほんとは見たかったんだろ? 前に好きだった子の花嫁衣裳!」
ベリスがニヤニヤしながら冷やかした。ルーデックはその胸倉をつかみあげた。
「見たいわけねえし! ちょっと来てくださいよ! ……あっ、このあいだの飲み代払ったのは俺ですよ! あれ返してくださいよ、今すぐ!! 二倍にして返せ!」
「ちぇっ……そんなこといったって、今日はご祝儀しか持ってきてないのに……あっ、ちょっとごめん、またあとでな!」
ベリスが渋い顔で懐をさぐりながらその場から離れていった。
ルーデックはちらりとフィアを振り向いたあと、「言ってねえからな! おまえのことなんか!」ともう一度怒鳴って、くるりと踵を返して去っていった。
2012 / 01 / 31. Posted in 騎士と乙女2 完結記念 [編集]

フィアの結婚 4 -フィアの誓い-

再び、スティーナたちのところへ戻った。
女性たちは、着付けをしていた家の裏で、すでに賑やかしくお茶会をやっていた。
春の光が降り注ぐ。新しく芽吹いた緑の絨毯のうえにはテーブルが三つ四つ並んでいる。そのうえに、村の女たちが焼いた菓子が置かれていた。お茶会をしているのは客人たちだけではない。村の女たちも、あちらこちらに輪を作って楽しげに話している。もうすぐ結婚式が始まるから、ここへ集まってきたのだ。
他の家からも、結婚式の料理の調理の煙が上がりだしている。村びとたちがそれぞれ作った得意料理を持ち寄り、外で立食することになっているのだ。肉入りのパイを焼くにおいが香ばしい。
その中を、フィアは裾を持ち上げて急いで走っていった。
慣れない髪型のせいか頭も少し重く感じる。それに、髪飾りに挿した花もぽろぽろと二つほど落ちてしまった。でも、他にもたくさんあるから大丈夫ではある。スティーナは髪に花を挿すのが好きすぎるのだ。
「あっ、フィアさま、早くこちらへ! じきに始まるのに、まだお支度が整っていませんわ!」
フィアが白いドレスの裾をひきずりながら戻ってきたのを見て、スティーナが駆け寄ってきた。
そして彼女は、ドレスの裾を見て目を剥いた。
「つっ、土がついてますわ、フィアさま! 土があああっ!」
「あ、ごめんなさい……。少し引きずってしまったみたい」
フィアは、後ろを振り返りながら謝った。たしかに裾が汚れて見える。
「花嫁衣裳は! 穢れないのが何よりなのですよ! 穢れないのが! それなのに……まったく、あなたという方は、こういうところに本当に疎くていらっしゃるのね、フィアさま!」
「うん? でも、そんなに汚れてないけど? ほら、こうすれば隠れるし!」
裾をひるがえしてみせたフィアに、スティーナはがっかりしたような顔をした。
「そういう問題ではありません! ……うう、今から他のに着替える時間も……どうしましょ」
「大丈夫よ。あなたっていちいち大げさなのよ、スティーナ! こんなの、全然たいしたことないわよ」
菓子を指のあいだにつまんだまま横に来たセラエが、そこにかがみこみ、何も持っていないほうの手でぱたぱたと裾をはたいた。そうすると、土の汚れは目立たなくなった。
「ほら、大丈夫。見えない見えない」
「まあ、たしかに……目立たなくはなりましたけど。でも、こういうのは気持ちの問題で……」
「それに、食事は外でするんでしょ? だったら、どうせこうなるわよ。ねえフィア?」
「なると思う。それに、たぶん何かこぼしてしまうと思うし」
「フィアさま……」
「き、気をつけるけど!」
「お願いします……。これは本当に……あの、言いたくありませんけど、高価なドレスなんです……」
「わ、分かったわ、スティーナさん。汚さないように気をつけるから」
そんなことを言っているうちに、教会の司祭がやって来た。年老いた、穏やかな顔の老人だ。
「そろそろ始めるから、みな、教会に集まりなさい! 今、鐘を鳴らさせるところだからね!」
司祭が大きな声で言った。
「は、はい! 今いきます!」
フィアの答える声と、教会の鐘が鳴り響くのとは、ほとんど同時だった。
朝早くから準備に明け暮れていた村の女たちも、前日からこの村に入っていた客人たちも、今しがた到着したばかりの修道女たちも、皆がその鐘の音に耳をすませた。
空に高く鳴り響く鐘の音。
白いドレスの裾を上げて、汚さないようにと歩き出したフィアのまわりを、修道女たちと、村の女たちが取り巻いて歩いていく。
「裾を踏んで転ばないようになさいよ、シスター・フィア!」
エミリアが片手を口に当てて大声で言う。
ロゼッタが急ぎ足て近くに来て、蒼白の顔で口を開いた。
「そうよ、フィア……あんた、ほ、本当に大丈夫? 気はしっかり持ってる!?」
「あなたこそ大丈夫? シスター・ロゼッタ……。ぶっ倒れそうな顔だけど」
心配そうに言うのはアデルハイドだ。
「大丈夫。わたし、こういうのはわりと慣れてるから」
後ろから見れば、どこの国の王女かと思うような髪型と恰好をしているフィアが、あっけらかんと言った。
「な、慣れてる? ……何回も結婚式したわけじゃないのに、何言ってんのあんた?」
ロゼッタは冷や汗をかくような顔をしている。
と、その彼女の目に、向こうで待っている男たちの姿が見えた。
どう見ても騎士らしき人々を従えて立っているのが、今日のもう一人の主役だ。
剣を持っていないだけで、その恰好だけ見れば他の騎士たちとたいして変わらないような感じの格好ではあるが、それでも何か人目を引く。
アデルハイドが「相変わらず男前ねえ」とため息をついた。
「ふん! いいのは顔だけじゃないの! あいつは薪割りもできない軟弱者で、おまけに無職よ!」
ロゼッタは妙に腹立たしそうに言った。まだ、前回のことを根に持っているのだ。
フィアは裾を持つ手を少し緊張させながら、急いでヴィクターに近づいて行った。
毎日見て、今日の朝も同じ家の中で顔を見た人ではあるが、それでも今は特別だった。
「……へ、変じゃない? この髪型?」
フィアは頬を染め、ちょっと伏し目がちにして訊ねた。
「心のなかではそう思っていても、口では『似合ってる』と言うしかないだろう。今日は」
彼は相変わらずの返事だった。そして、フィアに向かって手を差し出した。
「どっちなの? 変なの? 似合ってるの? ほんとのこと言ってよ!」
フィアは彼の手に自分の手を重ねて、赤い顔で言った。
「家に帰ってから教えてやるよ」
「今聞きたいのに!」
そう言うフィアの後ろから、ロゼッタが割り込んだ。目の前で手をつないでいる二人を苦々しげな顔で見ながら、彼女は腕組みしてヴィクターを睨みつけた。
「いい加減、まともな職についたんでしょうね?」
「ロゼッタ! この人はもう心を入れ替えて、今はちゃんと働いてるのよ!」
そんなやり取りをしている後ろで、聖ドロテアの修道女たちが、青ざめた顔でひそひそと話し合っていた。
「ねえ……。あれ、やっぱり、国王陛下に見えない?」
「見、見えない……わよ。何言ってるの、シスター・トニア……」
「うそっ? だって、そっくりじゃない? あの後ろ姿! あの髪の色に、身長!」
「背格好が似てるだけよ! そんなわけないじゃない……ね、ねえ? シスター・ジュリア?」
「わたし、目が悪いから……。よく見えないんだけど」
「あ、そ、そう。話しかけてごめんなさい」
「存在そのものを否定するような言い方、やめてくれる。シスター・エミリア」
「ほらっ、今、横顔見た!? 絶対そうよ! 田舎の牛飼いがあんなに恰好いいわけない!」
「ばかね! 国王陛下がこんなところにいたらおかしいじゃないの! 絶対に違うわよ!」
「でも、噂があったじゃない。それに、聖ドロテアに来たって! やっぱりシスター・フィアと……」
「あ、ああ、あれよ……ほら! 国王陛下にふられたあと、同じような顔の人を見つけて、好きになっちゃったのよ! そういうことってあるじゃない? ねえ、シスター・カレン?」
「え、ええ……。そうね……。あるかもねえ……」
カレンはぽーっとして、上の空で返事をした。
こうしてみると、意外に国王とフィアは似合いのように思ったのだ。
それに、こんな意外な結婚式をするなんて、やっぱりいいところがあるではないか。彼も。
「それにしても、素敵な結婚式じゃない? あの、古くて素敵な教会に、鐘の音……。まるで神さまに祝福されてるみたいなお天気で、しかも、季節は春まっさかり。道端に咲いている花だって、本当にきれいで。ああ……何もかも、これ以上ないくらいに素晴らしいわ! 空気も最高!」
カレンは心から感激していて、他の修道女たちの話をほとんど聞いていなかった。
エミリアはうつろな顔でそれに頷いた。
「そ、そうよ。本当に陛下の結婚式なら、参列客だって何百人もいるはずだし、国中の貴族が集まるはずよ! それに第一、重いご病気っていう噂じゃないの! もう何か月もお顔を見せていらっしゃらないのに、こんなところでのんきに結婚式をしてるわけがないわ! しかも、あのシスター・フィアなんかとっ!」


──ケルツェ村の小さな教会。
昼の光が差し込むそこでは、今まさに結婚式が行われているところだ。
祭壇の前に立つ老司祭が、聖書をひらいて長々と説教の文句を言っている。普段、あまり村人が集まって説教を聞いてくれることがないので、ここぞとばかりにやっているのだ。誰でも知っている長い話の、まだ序盤のほうで、参列客たちは早くも後ろの席で居眠りをはじめている。筆頭はメルヴィンだった。
退屈しているのは、主役のふたりも同じだった。
祭壇の前に並んで立ちながら、だいぶ神妙にしていたのだが、さすがに説教に飽きてしまった。
「おまえに言わないほうがいいのかもしれないが……」
「何を?」
ひそひそと声をひそめて話す。
「どう見ても、ルーデック=エルケルに見えるやつがいた。後ろに」
「それ、あの人よ!」
「だろうな……。人違いなはずはないと思った」
「前より少し立派になったみたいに見えた。あれから半年しか経ってないのに……懐かしかった」
「なんであいつがここにいるんだ? 招待状も出してないのに」
「騎士団で、くじ引きして来たんですって。それに当たっちゃったって言ってた、ベリスさんが」
「くじ引き?」
「この教会にあんまり入れないから、十人しか来れなくて、それで」
「だからって、なんでくじ引きにする必要があるんだ……。馬鹿じゃないのか、あいつら」
「知らない。騎士団のひとに招待状は出してないもの。それは、あなたが言ってくれると思ってた」
「あまり大勢連れてくるなと言っただけだ。くじ引きしろとは言ってない」
「ルーデックは、有給で旅行ができると思ってここに来たみたい……」
「そんなわけないだろ。誰かに騙されたんだ」
「だ、騙された!?」
「──ゴホン、ゴホン!」
司祭が咳払いをした。フィアは彼のほうに寄せていた頭をもとにもどし、慌てて背筋を伸ばした。
司祭は、さすがに教会の中の人々が退屈しているのを感じたらしい。すでに舟をこいでいる者が多数だからだ。特に朝から張り切って起きていた村の老人たちは、張り切りすぎて、もうくたびれてしまっていた。
「──などと、この先は、各自で聖書を読んでもらうことといたしまして!」
と、まとめに入る。
そして司祭はヴィクターを見た。
軽く咳払いをしてから、問いかける。
「ヴィクター=ウル=ファルス=シヴェリウス、えー……あなたは、この者を妻にし、生涯変わらぬ愛を捧げると誓いますか?」
フィアは彼の顔をちらりと見上げた。
「誓います」
彼は気負うことも、躊躇することもなく、はっきりとそう答えた。
フィアはその顔を、下ろしたヴェールごしにしげしげと眺めた。
(──あれ?)
フィアは目をしばたいた。
(今まであんまり考えてなかったけど、この人って、よく見ると恰好いいのかも……)
そんなふうに思ったのは初めてだった。
毎日顔を見ているうちに、見慣れてしまったのだろうか? そんなことって……。
「では、あなたは、この者を夫とし、生涯変わらぬ愛を尽くすと誓いますか?」
「………。」
「……誓いますか?」
「………。」
「……フィア=リンネル? 誓いますか?」
司祭が怪訝そうに問いかける。
フィアが答えないことを、ちょっとばかり真面目に心配したヴィクターが、ちらりと目線をフィアのほうへやったところ、これから今まさに自分の妻となろうとしている娘が、ぽーっと、妙にほうけたような赤い顔で自分を見つめているのに出くわした。彼はぎょっとなり、思わずフィアの腕を肘で鋭くつついた。
「……おい! 目を開けたまま寝るな!」
「ね、寝てません!」
「『誓いません』?」
少し耳の遠い司祭が、ますます怪訝そうな顔をした。
「ああっ……ちが……ちっ、誓いますっ! この人を一生愛すると、神さまに誓います!!」
我に返ったフィアは、司祭に向かって急いで宣言した。ヴィクターは横で呆れた顔をした。
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フィアの結婚 5 -酒と金貨-

その日は一日中、村はお祭り騒ぎだった。
昼食も夕食も外でふるまわれた。
村人たちは次から次に料理を運んできては、それを客人にふるまう。
夕食にはウサギに鹿、羊、ニワトリ、子ガモに牛の脚と、ありとあらゆる肉料理がテーブルに並べられた。焼き菓子も果物も食べきれないほど持ち込まれた。
村人たちは二百人近くいた。彼らは教会での式には直接参加せず、そのあいだ、外で食事や宴会の手伝いをしていた。かつて、村の名士であり、何度も村の危機を救ってくれた人の息子が十数年ぶりに戻ってきて、この村で結婚をするというのだから、これほどめでたいことはないように思われた。
飲めや歌えやの宴会のあいだに、静かに日が暮れてゆく。
夕方になれば、村の中央広場にはたき火がたかれた。
暖かい春風が吹けば、あたりには火の粉が飛んだ。
リュートやフルートを奏でる者たちが、賑やかな踊りの音楽を体を揺らして奏で続ける。村の男たちも、女も、騎士たちも修道女たちも、みな酔っぱらって歌い、踊っていた。パチンパチンと炭のはぜる音も、踊りの良い合いの手になってくれる。
フィアも“高価なドレス”を脱いで、もうすこし簡素な、けれども持っているなかでは一番良い服に着替えていた。ドレスのまま動き回れば、裾は汚れるし、お酒はこぼすし、たき火で火がつきそうだしで、日が暮れたころに着替えてしまったのだ。
夜になると、祝いの酒が一樽開けられた。村長からの祝いの品だ。
人の勧めもあって、フィアは、それをヴィクターと二人で注いで回ることになった。
しかし、村人は顔を覚えきれないほどいるし、客人も大勢いる。そのたびごとに「久しぶりにお会いして……」と長話が始まって、なかなか解放してもらえないので、かなり時間がたってもほとんど回れていないということになってしまった。
そこで、「俺はおまえの客のところに行くから、おまえは俺の客のところに行ってこい」というヴィクターの言葉に従い、フィアは彼の客を中心に酒を注ぎにいくことにした。


騎士たちは十人しか呼ばれていないはずだが、なぜか、それよりも大勢来ていた。話を聞いてみれば、どうやら“従者”のふりをして紛れ込んだ者が何人もいたという。
フィアが顔と名前を知らない騎士もたくさんいた。しかし、彼らはいちように朗らかに、「ご結婚おめでとうございます」と祝いの言葉を述べてくれた。フィアも嬉しく思いながら「ありがとうございます」と頭を下げた。
それまで歌ったり踊ったりしていた者たちも、ここへ戻って来て、杯を片手に順番を待っている。
フィアが大きな入れ物を抱えて懸命に酒を注ぐあいだに、騎士たちの話は自然、ヴィクターのことになった。
「あの人、なんかちょっと雰囲気変わったよなあ。結婚したら変わる人がいるらしいが、どうもそれだったらしい」
「“牛小屋”の連中もそんなことを言ってた」
「それもこれも、やはり、あなたの影響なのでしょうね。王妃さま」
ある騎士がそうフィアに微笑みかけたので、フィアはうろたえてしまった。
「あっ、は……はい! あの……わたしは、王妃では……ありませんけど」
「……え?」
騎士は怪訝そうな顔をした。さっそくのように褒め言葉を言い、王妃の点数を稼ぐつもりが、よくわからないことを言いかえされてしまい、困惑したのだ。
「あ、な、なんでも……ありません」
フィアはばつが悪そうにそそくさとそこを離れ、次の騎士に酒を注ぐ。
「どうぞ」
「これは、恐縮です。ありがたく……」
騎士は頭を下げた。
「まあ、“牛小屋”のやつらは……」
酒を注いでいる隣の騎士がそう話しているのを聞いて、フィアはちらりとその顔を見て、
「あなたも牛を飼っておられるんですか? あの人と一緒に?」
と訊ねた。すると、その騎士も「えっ? 牛?」と固まってしまった。
そこにベリスが横から割り込んで、「そうそう、みんな牛を飼ってるんだよ!」と言った。
「まあ、俺たちは牛じゃなくて馬を飼ってるんだけどな……。なあ諸君、そうだろう?」
「何言ってんだ、おまえ?」
「いいから、黙ってろって! 俺たちは馬の世話係、あの人は牛飼いなの!」
ベリスは怪訝そうな顔の騎士にそう耳打ちをした。騎士は顔をしかめた。
「……はあ?」
「ところで、シスター・フィア」
いい気分になっているメルヴィンが、フィアに話しかけた。
「はい?」
「こういう趣向の結婚式がいいと仰ったのは、やはり、あなたのほうなのでしょうな?」
「趣向? この村は、ヴィクターさんの生まれた村で……。結婚式のことは、村の人にお任せしてましたから、よく分からないですけど」
フィアは彼にも酒を注ぎながら言った。
「ほほう? では、陛下のお望みだったのかな? 幼少を過ごされた村で、あなたと結婚するという?」
「あの……メルヴィンさん」
フィアは神妙な顔で話しかけた。
「はい?」
「また、遊びに来てくださいね。もし、あの人があなたの……その、主君、ではなくなってしまっても」
「……んむ?」
メルヴィンは髭をさわりながら、怪訝な顔をした。
「どういう意味ですかな? それは?」
「いえ……。ただ、それを覚えておいてほしいだけなんです」
フィアは言って、別の騎士に酒を注ぎ始めた。
メルヴィンは怪訝な顔でベリスを見た。
「シスターは何を仰っておられたのだ? 今?」
「そこのお方は、陛下が牛飼いになったと思ってんですよ。国王をやめて」
「まさか、そのような馬鹿げたことを」
「本当なんですよ。で、面白いから黙って見てるんです。あなたもしばらく秘密にしといてくださいよ」
「むむ……」
「たぶん、自分が今日王妃になったことも知らないと思いますよ!」
「ふむ……。まあ、シスター・フィアなら、そういうこともあるかもしれんなあ。いやはや……」
メルヴィンは顔をしかめて、また髭を撫でた。



「あんた、傷の具合はもういいわけ?」
ロゼッタが訊ねると、ヴィクターは彼女の杯に酒を注ぎながら「おかげさまで」と言った。
「じゃ、薪割りしに来なさいよ、薪割りを! どうせ、たいした仕事もしてないんでしょ!」
「あいにく忙しい。断る」
すっぱり言われて、ロゼッタはムッと顔をしかめた。
「なんであんたって、そんなに態度がでかいわけ!?」
「あ、あのう……。騎士さま?」
アデルハイドが横から口を出した。
「わたしにもいただけるのかしら?」
「もちろん」
「きゃっ! 殿方に酒を注いでもらえるなんて、滅多にない経験じゃない? ねえ!」
アデルハイドはロゼッタに満面の笑みで話しかけたが、ロゼッタは嬉しくなさそうだ。
しょうがなく飲んでやってるのよという顔で、杯に申し訳ていどに口をつけながら、
「けっ……。こんな男の酒、まずくて飲めたもんじゃないわよ。いったいどこがよくて、フィアが結婚したのかさっぱり分かんないわ! たぶん、あの子は男運が悪いのよ! 絶対そうだわ」
と言う。
「おまえよりはいいだろ。相手が誰だろうと結婚できてるんだから」
隣のアデルハイドに酒を注ぎながら、しれっとしてヴィクターが言った。
ロゼッタはカーッとみるみる顔を赤くした。溢れる怒りのせいだ。
「俗世とは縁を切ってる修道女に向かって、あんた、何言ってんの!? 頭おかしいんじゃない!? ほんっと、あんたって変わってないわよね! 性格が悪くて、態度がでかくて、恩知らずで! 最低男だわ、最低男! 心を入れ替えて働いてると言ってたけど、まともな職についてるのかどうかだって怪しいもんよ!」
「おやめなさいよ、シスター・ロゼッタ! あちらの方が睨んでらっしゃるじゃないの」
アデルハイドがこそこそとロゼッタに耳打ちした。
「誰が睨んでるって!? そんなもん、睨みかえしてやるわ! どこよ!」
「ほら、あそこ」
「……なに、あの小娘?」
ロゼッタは目つきの悪い顔でそれを睨みつけた。
“小娘”扱いされた女は、我慢できないという足取りでずかずかと近づいてきた。
「ちょっと、あなた! なんですの、さっきから……このお方の悪口を次から次へと! 聞き苦しい!」
その女は、掴みかからんばかりの勢いでロゼッタに怒鳴った。
ロゼッタは、その女の格好をじろじろと見た。着ているものは上等で、貴族のように見える。
「誰よ、あんた? あたしはロゼッタ、文句ある?」
「わたくしはアルマと申します。エトヴィシュ公爵家の侍女をしている者ですわ! 本来なら、あなたのような下賤な方と口をきくような身分ではないのですけれど。あまりにあまりのことですから、言わせていただきます!」
女はそう名乗って、すぐ近くにいる別の客に酒を注いでいるヴィクターの横顔をびしっと指差しつつ、それまで握りしめていたらしい金貨を、反対の手の指のあいだにつまんで突き出してきた。
「そちらにおられる方は、ここに描かれている方と同じ方なのですよ! そんなことも知らないなんて、いったいどういうお育ちをされたのかしら!? 信じられませんわ!」
「なにこれ?」
ロゼッタは怪訝な顔をした。
「金貨だと思うけど。シスター・ロゼッタ」
「そんなこと、見れば分かるけど。あの男とこの金貨の関係性が全然分からない」
「うーん……」
アデルハイドは首を傾げた。「親類、とか……」
「親類? だってこういうのって、王族とか、すごい騎士とか、そういう人の顔が刻まれてるわけでしょ」
「そうねえ。国王陛下、とか……。だって、金貨ですものねえ」
アデルハイドは頷いた。ロゼッタはむっとしたように顔をしかめた。
「たまたま似てるだけじゃないの? あの男が金貨に顔を彫られたりするわけないし!」
「だって、シスター・フィアの結婚相手の方ですものねえ……。まあ、少し似てますけど」
アデルハイドはしげしげと金貨に眺めいっている。
「『少し似てます』じゃありませんわ! 同じに決まってます! なんなんですの、あなたたちは!」
アルマは癇癪を起こしてわめいた。
「あなたのような下品な客人がこんなところに招かれたのも、シスター・フィアの生まれ育ちが良くなかったからではないかと! わたくし、失礼ながら、憂慮せざるをえませんの!」
「ちょっと! フィアを馬鹿にしてるわけ!?」
「そうではありませんわ。わたくしだって、あの方を悪くいいたくなんてありません! でも、この金貨に顔を刻まれたお方と結婚したいと思っていらした方は、この国に、ほかにごまんといたのですよ! それを……それを!」
アルマはわっと泣き出した。ロゼッタは「なっ、なによ、こいつ!」と怯んでいる。
すると、後ろから違う女が駆けてきた。ドレスの裾をからげて。
「申し訳ありません。ちょっと、気が高ぶってしまっているみたいで。……さ、アルマ、クリステラさまのところへ戻りますよ! どこへ行ったのかとお探しになっておられるのだから!」
凛とした、美しい女だった。こちらも貴族のような恰好をしている。
アルマはその女の胸にわっと抱きついた。
「だって、エリージエ! あのシスター・フィアのせいで、こんな……王都の人たちが知らないようなところで結婚式が行われたのよ! わたくし、王都の民として本当に悲しいわ! クリステラさまだって、心のなかではお嘆きになっておられるに違いないのに!」
「あのかたは気にしておられないのよ。さあ、行きましょう! あなたがこんなふうに騒ぎを起こしたり、泣いたりしたら、クリステラさまの評判を貶めることになるのよ。そんなことをしてはいけないわ」
「うっ、うっ……。わ、わかったわ、エリー……。戻ります」
アルマはその女に肩を抱かれ、どこかへ歩き去ってしまった。
「なんなの、あれ?」
ロゼッタは唖然として言った。
「言いたいことだけ、捨て台詞みたいに吐いていって。あっちのほうが下品じゃないの?」
そのときアデルハイドは、アルマが手を震わせて落としていった金貨をさっと拾い上げており、それを夜空にかざしてしみじみと見つめているところだ。
「うーん……。やっぱり、金貨って素敵! ねえ、これ、わたしたちが貰ってもいいわよね?」
「い、いいんじゃないの……。落としていったんだし。……それにしても、金貨を落とすって相当おかしな人よね。成金の貴族だとしても」
「そんなこと、どうでもいいじゃないの。それより、これでふた月食べられるわ! ああ、嬉しい!」
アデルハイドはうっとりとして言った。ロゼッタはそれを見て、なんとなくため息をついてしまった。
「やっぱり、あたしたちって下品なのかも……人から見たら。貧乏ってだめよね、ホント」
2012 / 01 / 31. Posted in 騎士と乙女2 完結記念 [編集]

フィアの結婚 6 -焚き火の前で、ノイエとクリステラ-

その頃、クリステラはノイエと一緒にいた。
朝早くこの村についた彼女は、同じような時間に村に到着したノイエにでくわして、微笑んだ。
フィアが着付けをしていたようなころ、二人は昔の懐かしい話をしながら教会の聖堂に入って行った。朝一番の鐘を皮切りに、じきに始まるだろうと思っていたのだ。
しかし、式は昼近くになってからと聞かされ、しかたなくそこで時間を潰すことにした。
準備中の教会は、頻繁に人の出入りはあるものの、人の姿じたいはそれほど多くはない。
侍女たちや家人たちを互いに連れてきていたが、彼らは外で適当に飲み食いをさせておき、二人で子供のころの話をした。それは思いのほか楽しいものだった。
そして祭りは続き、空は夜に代わっていった。
たき火を囲んで歌え、踊れの人々を遠巻きに見ながら、フィアとヴィクターが注いでくれた酒の杯を片手に、ノイエとクリステラは建物の壁際に並んで立っていた。
侍女たちも、二人きりの話に遠慮して、今はこの場に姿はない。
たき火のはぜる音が遠くに聞こえる。舞い散る火花には、魅入られるけれど。
心まで躍りはしなかった。
「……国王陛下から、ずいぶん無理な提案を受けられたと思うのですが」
ノイエはついに、それを切りだした。
この村でクリステラと会った以上、言わなくてはならないことだった。気が重くても。
「無理な提案? まあ、なんでしょう。分からないわ」
クリステラはくすっと微笑んだ。
「ご存じでしょう。あなたもお人が悪い」
「わたくしが陛下に申し上げたのは、たとえばノイエ=ラディウスさまのような方であれば、急な結婚話が来たとしてもお断りはしませんけれど、ということだけです」
クリステラはいたずらっぽく言って、笑った。ノイエは面食らった。
「なぜ、そんなことを」
「わたくし、人柄の穏やかな方が好きですの。国王陛下は素敵な方だと思いますけれど、あの方は少し、わたくしには刺激が強すぎると思いましたの。お友達としておつきあいするぶんには、本当に楽しいのですけれど……」
「一緒に悪巧みをしていらしたんでしょう? 知ってますよ。口裏を合わせて、仮病を装ったりして」
「だって、仕方がありませんわ。あの方はどうしてもシスター・フィアに会いたいと思っていらしたんですから。わたくしも彼女のことは少しばかり存じ上げておりますし、かわいらしい方ですから、陛下の想いを叶えて差し上げたくて。つい、協力いたしました」
しばらく、沈黙が流れた。
燃え盛るたき火を見ながら、歌い踊る村人や騎士たちの姿を、手を組んで楽しげに踊っている男女の姿を眺めていた。
しかし、『一緒に踊りませんか』とは言えなかった。
ノイエは自分のふがいなさを思いながらも、ただ黙っていた。
クリステラも、自分からはそれを言わなかった。隣に立っている人が、自分には想いがないのを知っていた。この沈黙も、ノイエが自分との結婚を断るための機会を探しているからだと分かってもいた。
想いがあるなら、子供のころの婚約を、そのままずっと守れたはずだ。そして今ごろは、結婚していた。けれどノイエは、まるでそれを拒むかのようにラディウス公爵家を出て行き、修道院に入ってしまった。その話を聞き、父も、『この婚約は破棄する。ラディウス家のだらしない息子より、いずれもっと良い縁があろう。おまえは誰より美しいのだから』と、多感な少女だったクリステラに言いきかせたのだ。
──美しさ。外見の。
それがいったい、なんの役に立つのだろう?
今、自分はそれほど幸せではない。大丈夫だと人には笑ってみせるが、心が沈むのはおさえられないのだ。けれど、美しいと人に褒められることに、さほど慣れていなさそうなフィアは、そう言われ続けてきた自分とは反対に、あんなに幸せそうに笑っているではないか。それに、とても魅力的に見える……。
世辞ではない。彼女はとても愛らしくなった。聖ドロテアにいたときよりもずっと。
つまり、顔の造形などは二の次のものなのだ。内側から輝くものがないなら。
自分が人に求められないのは、心のなかに輝きがないからかもしれない。そう思って、できるかぎり人には優しくしてきたつもりだ。自分自身の気持ちなどおかまいなしに、誰も不愉快にしまいとか、楽しませなければいけないとか、人の悩みを聞くのは、裕福な家に生まれた自分の務めだとか、そうしたことばかりを考え続けてきた。
少し疲れた、と思う。
自分だって、誰かに甘えたい。わがままを言いたい。子供のころのように、無邪気に、何も考えずに。
でも、誰を相手にすればいいのか分からなかった。誰がこんな自分を受け止めてくれるのか……。
残されているのは、子供のころに婚約の誓いを交わした人だけ。
でも、彼の心は自分にはない。そのことは、あのときから──はっきりしていたことだったではないか。
「……どうして、修道院に行かれたのです? ノイエさま」
クリステラはぽつりと呟いた。
「……え?」
沈黙していたノイエは、虚を突かれたように返答した。
「修道院、ですか」
「ええ。あなたは、修道院にお入りになられていたでしょう」
「ああ……そうですね。あなたとの婚約も、それで破談に……」
そこまで言って、ノイエはいったん口を閉ざした。
彼はまたしばらく沈黙していた。
クリステラは近づきもせず、離れもせずに、じっとその場に立っていた。
この人が心のなかを話してくれるかどうかは分からない。たぶん、人にはあまり話さない人なのだとも思っている。それでも、それだけは、どうしても聞いておきたかった。
自分との婚約が嫌で、人生を棒に振って修道院に入ろうと思ったなら、正直にそう言ってほしい。
人の恋心が重荷になる、その気持ちはよく分かる。自分も同じ経験をした。
だから、責めるつもりなど毛頭ない。ただ心を開いて話してくれたら、それで心から納得できるのだ。
でも、この人はそれをしてくれるだろうか?
……わたしに?
「あなたに話すほどのことでもないのですが」
ノイエは苦笑した。
それから、またしばらく黙っていた。
「……ただ、よく分からなくなったんですよ」
彼はたき火を見つめながら、後ろの壁に軽くもたれて言った。
「何が、ですの?」
「貴族であるということの意味が、です」
「……貴族であることの、意味?」
クリステラは少し目をみはった。自分の思っていた答えではなかったから。
「わたしは公爵家に生まれました。……まあ、あなたも同じ境遇ですね。生まれた家は巨大な城のようで、領地は広大で、使用人は何百人もいて。生活の豊かでない領民たちは、わたしやわたしの父を見ると、まるで神に出会ったように平伏するわけです。こちらの機嫌ひとつで、自分の首が飛んでしまうのだと、そういう顔をして」
「……ええ」
クリステラは頷いた。
自分はそれほど広大な領地について知っているわけではない。王都にあるエトヴィシュ邸からほとんど出たことがなかったからだ。でも、父のオイゲーンは領地を持っているし、使用人も、たぶんそれくらいの数はいるのだろう。あちこちにいるのを合わせれば。
「相手を卑屈にさせるほどの豊かさが、わたしには解せなかったのです。母も、湯水のように金を遣う人ですが……その金は領民から集めた税です。それで、贅沢な暮らしをしているわけです。つまりわたしたち貴族を生かしているのは、領民でしょう?」
「そう……ですわね。たしかに、そうだと思いますわ」
クリステラは小さく息を呑み、頷いた。
ノイエは彼女を見て、ちょっと苦いような顔で微笑んだ。そしてまた、たき火に視線を戻した。
「しかし、そのことを母に説明するのは難しかった。母は高価な毛皮を買いあさり、宝石を買っては飽きて捨て、気に入った人間には何でも好きなものをやって手なづけ、それも飽きれば金で追い払い……。なんでも金で解決する、そういう人です」
ノイエは吐息をついた。あの母のことを話すのは、いつだって気の引けることだった。
「もしあなたが貴族でなければ、そんな暮らしは出来なかったのだと言えば、『当たり前のことを言うな』と。そして、『子供のくせに、金のことに疑問を持ってどうするのだ。おまえがひとりで黄金を集めてこられるわけでもないのに』と呆れて言われました。たしかに、そう言われればそうです。わたしには、黄金を集める力はない。でも、疑問を持つのはやめることができなかった。わたしは家を出ようと思った。この家にいるかぎり、わたしはいずれ、ゆるやかに腐っていくと感じたからです」
クリステラは黙って彼を見つめていた。
「それで修道院へ行きました。でも、そこで事実を思い知りましたよ。公爵家の息子でなければ、わたしにはなんの価値もないのだと」
ノイエは苦く笑った。
「あまりに厳しい修行に耐えかねて、ついにわたしはそこも出てしまいました。次に向かった先は戦場でした。そこで今の国王陛下に出会ったんです。あのかたはまだ『殿下』と呼ばれておられましたが」
「そうだったのですね……」
クリステラは真剣な顔で頷いた。
「身分の低い兵士とも気さくに話すし、意見が違えば本気になって喧嘩もする。泥まみれになって、殴ったり、殴られたりで。……まあ、いつもあの人は負けませんでしたが。その姿に驚きましたよ、本当に」
ノイエは呟いた。その視線の先には、村人たちと和やかに笑っているヴィクターの姿があった。
「まさか、そんな王族がいるとは思わなかった。まるで貧民街から叩き上げられてきた庶民のようでした。この人は強いな、と思って……」
「この村で……生まれ育ちになられた……」
クリステラは、まさに結婚式が行われている村を眺めて呟いた。
小さな村だ。村人みんなが顔見知りというような。──そして、暖かい村だと思った。
「王族なら、城で生まれるのが当たり前だったはずですのに……。そして、大勢にかしずかれて……」
「あの方の父君、アルベルト殿下は、王位を放棄していらっしゃいましたからね。思えば、同じ血なんですよ。驚くほどに」
「ええ……。それが血ですもの」
クリステラは小さく頷いて同意した。ヴィクターがいずれ王位を手放すことを知っているのは、この国では、エトヴィシュ公爵をのぞけば自分たちだけなのだと思いながら。
「でも、職務は果たされるおつもりだとうかがいました。在位中は、ずっと。ですから、そこはご自身の幸せを優先されたアルベルト殿下とは違うはずですわ。ヴィクター陛下は、きっと王都へ戻られます」
「そう思いますよ」
ノイエも頷いた。
ヴィクターがこのままこの村で一生を過ごすとは、さすがに思っていない。
この国のために一生をかけて働くと言ったのだ。ならば、必ず王都へ、城へ戻るだろう。
そう遠くないうちに。
「たぶん、あの方は、自身一代のうちにこの国を変えてしまうでしょう。イヴァーン国王陛下の御世のような……いや、おそらくはそれ以上の国に。それに、認めるのは癪なんですが、あの人ならそれが出来るんですよ。他の誰にも出来なくとも、あの人には出来るんです……ありとあらゆるしがらみを断ち切って、前に進むことがね」
「常識から離れたところがおありになるのは、たしかですわね。この村で結婚式をするなどと、仰って」
「ええ、まったくです。……つまり、非常識なんですよ、あの人は。まわりはいい迷惑なんです」
ノイエは深々とため息をつき、目を伏せた。
「余計な話までしてしまいました。修道院に入った理由をお話するだけのつもりが……」
「……いいえ、良かったですわ。大事なお話を打ち明けていただいて」
クリステラは真面目な顔で頷いた。それから、少し微笑んでみせた。
「でも、それなら、わたくしと結婚など考えられない理由も、よく分かりました。あなたは公爵家の一員であるご自分に、納得されてはおられない。そして、わたくしも公爵家の人間です。あなたとわたくしが一緒になるということは、ラディウス公爵家とエトヴィシュ公爵家が一緒になるということ。それでは、貴族の中の貴族、あまりにも力が大きくなりすぎてしまいますわ。ですから、このお話は無理なのだと、わたくしにもよく分かりました。ノイエさま」
これで諦めがつきましたと、クリステラは笑って言う。
けれど、その顔はどこか寂しそうに見えた。
「………」
ノイエはしばらく黙っていた。
思えば、クリステラと自分は何もかも似ていると彼は思った。
家に逆らい、修道院に駆け込み、お人よしだが反面おっとりしていて、そのくせ心の中は妙に複雑で、芯が呆れるほど頑固で、けれど人に気を遣っていつでも一歩退き、結局──本当に欲しいものを手に入れたことがない。
「こうした家に生まれてしまうと、自分が本当はどうしたかったのかに気づくことが、遅くなりますね」
ノイエはクリステラに言った。
「……ええ。そうですわ。わたくしも、泣いてでも、わがままを言ってでも、引き留めればよかったものがあったのに。そのことに気づいたのは、本当に遅くて」
彼女は泣き笑いのように笑っている。
「欲しいものなんてないから、人に……父の望みに合わせられると思っていました。……でも、無理でしたわ」
「ならば、欲しいものはあったんですよ。そうでしょう?」
「ええ、そう。ありました。今は、それがよく分かります。もうどうにもなりませんけれど」
「わたしも同じです。恋に気づいたときには、もう終わっている状態でした。失恋したんですよ、先日。相手が誰とは言いませんが」
「まあ……。ではわたくしたち、似ていますわ。そういうところ」
「似ていますね」
「でも、似ているからといって、結婚するわけではありませんわね。むしろ、人は自分と違うものに惹かれますもの。国王陛下とシスター・フィアのように」
「でも、あの二人もどこか似てますよ。無茶なことばかりするところとか」
「ええ……」
クリステラはもう何も言わなかった。
こうして話していると楽しくて、つい時間を忘れてしまうのに、やはりこの人は自分を好きにならないのだと分かってしまったから。
もっと早く気づけばよかったろうか? 本当は子供のころからずっと、この人を好いていたことを。
悲しみがこみあげてきて、うつむいた。
こんな幸せな結婚式に呼ばれて、子供のころに親しかった人とゆっくり話す時間などできなければ、この気持ちを過去のものだと忘れられたに違いないのに。運命の神はいつも自分には厳しいのだ。そう思うと、泣きたくなった。人前ではいつも穏やかに微笑んでいようと思ったのに、それすらできないなんて。
「……保留に……」
ふいに、ノイエが言った。
「……え?」
ノイエの言葉に、クリステラは目をみはった。
「例の件、保留にしておいては、いただけませんか? 令嬢」
「保留?」
彼は頷いた。
「わたしには今は、あなたを幸せにできるという自信がない。それがないのに結婚はできません。ですから、少し時間をいただきたいのです」
「時間を……」
「悩みぬいて結論を出したら、また改めて、あなたに会いに参ります。そのときまで待ってはいただけませんか。必ずお心に添えるとはかぎりませんが……真剣に考えることだけはお約束しますから」
「……は、はい」
クリステラはとっさに答え、息を呑んだ。
「待ちます……待ちますわ! もう、ずっと長く待っていたんですもの」
感情の昂ぶるままにそう言ってしまってから、慌てたように言いなおす。
「あ、あなたを待っていたとか、では……ありませんから!」
「分かっています、それは」
彼は神妙な顔で頷いた。
「せかしているのでも、ありません。ご、誤解なさらないで」
「しないようにします。思い詰めると、行き詰まりますからね。特にわたしの場合は」
「あなたがどんな結論を出されようと、わたくしは何も申しませ……あ、いえ、あなたに……その、何かを言う権利があると思っているわけでも、なくて……。ああ、もう……なんといっていいかっ……」
「……とりあえず、踊ってみますか? そこで」
言葉に詰まったクリステラに、ノイエは、楽しげに踊っている村人たちをひょいと指差した。
たき火を囲んで、彼らは肩を組み、輪になって踊っている。
屈託なく笑い、輪に加わったり離れたり、庶民らしく好きなように楽しんでいる。そして騎士たちはといえば、若い修道女たちを囲んで、何やら楽しげに酒を飲んでいた。法皇府の定めた厳しい戒律があるというのに、何やら不謹慎に口説いているような雰囲気だ。
「せっかくの祭りですし。わたしと結婚するとかしないとか、そういうことは今は忘れて、純粋にこの雰囲気を楽しみませんか? たぶん、いい憂さ晴らしになると思うんですが」
「こ、こういうところで踊ったことはないのですけれど……」
「わたしもです。でも、難しくはなさそうですよ。見るかぎり」
「……では、あの……あなたにお任せします」
クリステラはか細い声で言って、彼が差し出した手に、そっと、自分の白い手を重ねた。
2012 / 01 / 31. Posted in 騎士と乙女2 完結記念 [編集]

フィアの結婚 7 -元徴税官カレフの物語-

カレフ=レキシュは、その賑やかな祭りを暗い物陰から眺めていた。
肩には白い荷物袋。着ているのは粗末な修道服だ。足には、粗縄で編んだ草履を穿いている。
彼は今朝、村人たちの作った人垣の後ろからじっと見ていた──以前とは見違えるほどきれいになった妹が、白いドレスの裾を上げて軽やかに走っていくのを。その先には、見知った人物がいた。自分と変わらない歳でありながら、この国の国王である若い男だ。
その男のことは知っていた。
よく──と言ってもいいのかもしれない。
かつてウルヴァキアとヴァレンヌの国境の村にいたとき、カレフは“オルカンヌの聖女”を殺したという疑いを掛けられていた。仲間を救うためにその疑いを自ら肯定し、罪を償うためにヴァレンヌに行くと申し出ると、その男──国王ヴィクターはこう言った。

『俺は、いままでに数え切れないほどの人間を斬ってきた。戦場でも、戦場でない場所でも。それを悔いたことはない。なのにおまえは、自分が手を汚してもいないもののために、自分の身を犠牲にして罪を償うという。──不可解なものだ。運命とは……』。

彼は仲間を救ってくれると約束してくれ、その約束をたしかに守ってくれた。
聖女殺しに加担していなかった仲間たちは、誰も咎めを受けることはなかった。異端者であると後ろ指を指されることもなく、この国で、ウルヴァキアで、新しい人生を生きなおすことを許されたのだ。国王みずからの名を記した、得がたい身分証のおかげで。
彼になら、あの危なっかしい妹を託しても大丈夫だと思えた。そのときに彼しか頼れなかったからではなく、彼にこそ託したいと思ったのだ。あの目を見れば、口にした約束は守る人物だと分かったから。──向こうは少し、不本意そうだったが。
あの直感は間違っていなかったのだ。
彼と二人、手を取り合って小さな教会へ入っていく妹の幸せそうな横顔を見て、心からそう思った。
招待の仕方は少し強引だったが……。
国王の名前入りの、謎めいた招待状を見て院長はさすがに動揺し、普通なら絶対に外出を許されない修道院だというのに『早く行け。間に合わなかったらどうするのだ!』と、自分をせかして追い出してしまった。帰ってこい、とは──残念ながら言われなかった。むろん、そうしてよいのだろうとは思うが。
しかしながら、今日の結婚式を見られなかったとしたら、やはり悔いが残ったろう。
この村の暖かい雰囲気も、かつてあちこち旅したからこそ、特別なものだと分かる。
ただ、なぜこの国の王がこんな小さな村で結婚式を挙げているのかは、さすがに訝しくは思うが……。
おそらく“節税”したのだろうと、昔は徴税官であったカレフは真面目に考えた。
自分が徴税官をしていたころから、この国の財政状況はひどく悪かった。それから国王が変わったとはいえ、すぐには安心できる状況にはなっていないだろう。『今の国王陛下はあまり派手な無駄遣いをしない方だ』と、修道院の中にいても好意的な噂が聞こえてくる一方、税の取り立てが厳しくなったとも聞かないから、国庫の中身が急に増えるはずもないのは分かる。
あるいは……
あの妹のために、彼はわざと、このようにこじんまりとした結婚式にしたのかもしれない。
彼の立場からすれば考えられないことだが、現実にこうなっているのだから、それもありうることだ。
カレフは、妹が幸せな結婚をできたのを、心から嬉しく思った。
その式を、教会の外からとはいえきちんと見届けたのだから、もうこの村にいる理由もない。
そう思って踵を返した彼の前に、待っていたように現れた人物がいた。
それは、ついさきほど妹の夫となったばかりの──ヴィクターだった。


「さすがに、今日ばかりは来ると思っていた。顔を見せてくれてありがたい」
久しぶりだなと言いながら妹の夫が差し出した手を、握ろうかどうか、カレフはしばらく迷っていた。
しかし、結局はそうした。荷物を足元に下ろし、彼の片手を両手で包むようにして、その重い立場に当然の配慮を示しながら。
「お久しぶりです、国王陛下」
「堅苦しい言い方はよしてくれ。歳も近いし、それに、今は親族だ」
「そういうわけには」
カレフは手を離して目を伏せた。
「わたしは未だ罪びとですし、禁じられた異端の教えに染まった者でもあります。人目を憚って生きるべき人間ですから、あの子とも……フィアとも、縁を切ったつもりでおりました。わたしのような者に関わりがあると知れれば、問題になるでしょうから。それは望むところではありません」
「そうは言っても、今日は特別だ。もちろん、会っていくだろう? そこにいる」
ヴィクターが指差したのは、客たちに食事を振る舞っているフィアの遠い後ろ姿だった。彼女はここからはだいぶ離れたところにいて、そのあいだには大勢の人びとが思い思いに行きかって歩いている。結婚式のあとの昼食会がはじまっているのだ。
「……会いません」
カレフは首を振った。
「わたしとは関わりがないほうが、あの子のためです。そう申し上げたはずです」
「相変わらず頑固だな……」
ヴィクターは顔をしかめた。
「じゃあ、このまま帰るのか?」
「そういたします」
「修道院に?」
「……おそらく」
「『おそらく』?」
「久しぶりに俗世の空気を吸って、こちらも悪くないと思いました。少しゆっくり旅をして、それから戻るかもしれません。風の向くまま……です」
ノイエに紹介された修道院は、戒律は厳しいが良いところだった。
院長は立派な人物で、修道士たちも穏やかで知性的だ。食事はごくわずか、睡眠もほんの少し。朝早くから夜遅くまで祈り、働く。そうした環境こそ求めていたものだった。だから居心地は良かったのだ。そこにいれば何も考えずにすむから。
しかし、久しぶりに外に出て、このような村で温かみのある結婚式を見て、笑顔の妹や、表情豊かなその客人たちや、村人たちが楽しげに立ち働いている姿を目にすると、自分がいかに長く俗世と隔絶していたかを改めて思い知らされてしまう。修道院が冷たいとか、厳しいという話ではなく、それとはまったく別の世界がここにあったことを思い出したのだ。
いや──むしろ、この俗世こそが広い広い世界なのだ。
俗世は海。修道院は、それに比べれば孤島にすぎない。
かつては自分もその豊かな海に暮らしていた。しかし、ある出来事がきっかけで絶望し、そこから去ったのだ。そのときに身を寄せたのが、あの国境の村だった。ヴァレンヌから逃げてきた異端者たちの集団は、そんな自分を受け入れてくれた……。だから彼らを守りたかったのだ。彼らは家族だった。
しかし今は、同じ修道院の仲間を家族とは思っていない。
彼らは大切な仲間ではあるが、家族ではない。
見知らぬ他人を“家族”といえるような親密な付き合いは、もう自分には出来ないし、そうする必要もないと思った。他人とは距離を置いてつきあうべきなのだ。自分には家族はいない。その生き方は、自らが選んだものだった。
「わたしは根無し草ですから」
「あまり羨ましい生き方ではないな、それは」
ヴィクターも少し苦いような顔で笑って言った。今日の主役であるはずの彼が、こんな民家の目立たない物陰で自分のような人間と話し込んでいるというのを、カレフ自身も不思議に、奇妙に思った。
「あの子を大切にしてやってください。……あなたなら、そうなさると思っておりますが」
「頼みがあって、あなたを探していたんだが」
ヴィクターが居ずまいを正してそう言う。
カレフは眉をひそめた。
この国で望めば何でもできる人間が、自分に何の頼みがあるというのだろう。
「どのようなことで、ございましょうか」
「つまり……俺は完全に自由な人間というわけじゃない、ということだ。たまには城を留守にもする。地方の領地で問題が起これば、遠征にも出る。それが役目だ」
「存じて、おります」
「そのとき、城にフィアの親族が誰か一人でもいたほうが心強いと思ったんだ。……まあ、一人でも、というか、あなた一人しかいないわけだが」
「手紙に、おばの話があると書いてありました。おばはどうしました?」
カレフの問いかけに、ヴィクターはしばらく黙って考えていた。
やがて、彼はちょっと肩をすくめた。
「率直に言おうか?」
「はい」
「あいつのおばは、あいつを異国に売り飛ばして、逃げた」
「……逃げた」
「行方知らずだし、探す気はない。人身売買は違法行為ではあるが、正直、捕まえるのも面倒だ」
カレフは黙り込んだ。
あのおばならやりかねないという気持ちと、それにしても、それはあまりだという気持ちで。
「そうでしたか。大変なご迷惑をおかけして、申し訳なく思います」
情けなく思いながら目を伏せると、彼は軽く頬をかいた。
「まあ……そういうわけで、他に親族といえる人間はいないわけだ。あなたが城に来てくれればありがたい。あいつはこの先苦労するだろうし、近くで支える人間はいくらでも必要だ。その中でも、血を分けた兄は特別だろうしな」
「あの子にとって特別なのは、わたしではありません。あなたです」
カレフは言って、目の前の相手を見た。
意外なことを言われたのか、相手はちょっと眉を上げた。
「何も心配しておりません。あなたは、信頼して妹を託せるお方だと思っております」
「どうしても駄目か?」
その口調がなんとも残念そうだったので、カレフは少し微笑んだ。
この人にとっては、自分の存在は悩みの種のはずだ。いくら罪に問わないと決めたからといって、ヴァレンヌに戻れば処刑されるような人間を城に置き、そばで使うわけにはいくまいに。
それでもそうしたいというのは、他ならぬフィアのためだろう。
「必要ないと存じます」
「……そうか。なら、仕方ない」
ヴィクターはため息をついた。
あのフィアの兄なら、てこでも動かない頑固な性格も、しょうがないと思えた。
「せめて、あいつには会ってやってくれ」
「……そうですね。こんな日くらいは」
カレフは静かに頷いた。
そのとき、向こうから誰かがヴィクターを呼ぶ声がした。客人の誰かのようだ。
ヴィクターは「また後で話そう」と言い、その場から立ち去った。
カレフはしばらく、その場に立っていた。
フィアに会いに行く勇気は出なかった。あの子を知っているのは、ほんの子供のころだけだ。あとは、あの国境の村で会っただけ。沈んだような目をして人生に迷っていた自分を、あの子がどんなふうに見たのかは分からない。
ただ、昔と変わらず慕ってくれた。
彼女は身を挺して、自分をヴァレンヌから救い出したそうだ。それほどに、その愛情は変わらなかった。それに対して礼を言うべきだった。『おまえのおかげでこの国にこうしていられるのだ、ありがとう』と伝えるべきだったけれど。
その勇気がない。
守ってやりたかったのは自分なのだ。
ぐずで、すぐ転んで、泣き虫で……。そんな小さな妹を守れる騎士でありたかった。いつも。
しかし、自分にはうまくできなかった。教会学校に行っているあいだに、おばは妹をどこかの孤児院へやってしまった。そのまま行方知れず。おばをいくら問い詰めても、一言も喋らなかった。
あの人を憎んだ。
おばは、言うことをきかなくなった子供を金持ちの家に養子にやることを思いついた。昔から変わらない。金のために子供を売れる、そういう人だった。
養子に行った先の家で、ほどなく騒ぎが起きた。金を盗んだという騒ぎだ。
盗んだのはその家の使用人だった。気はいいが、貧しい育ちの男だった。彼をかばう義理はなかったが、『おまえが犯人だろう』と周囲に決めつけられたとき、あえて反論はしなかった。自分が犯人にされるならそれでいいと思ったのだ。そうしたとき、なぜか自分は一言も反論したくなくなってしまうらしい。
頑固といえば、そうなのだろう。
意地を張り通して犯人にされ、その家にもいられなくなった。
それからはあてもなく彷徨い続けた。
日雇いの仕事を点々と続けるうちに、教会学校で学んだ経歴を評価されて思いがけず役人にはなれたものの、与えられた仕事は『貧しい人間からの税の取り立て』。食うに困っている人々からも容赦なく税を搾り取る“徴税官”という仕事は、下層の民たちからは反吐が出るほど嫌われているもので、彼自身も好きにはなれなかった仕事だった。
いわば、汚れ仕事だ。
それでも、汚れ仕事をやる人間は必要だと思った。
これは国のためなのだと自分に言い聞かせ、時には憲兵を連れてでも家々を回った。憲兵を連れていくのは、相手が納税を拒否したさいに家財や家畜を差し押さえるとき、抵抗して殴りかかってくるのを防ぐためだ。もしそうしてきたときには、憲兵が相手を取り押さえ、牢にぶち込むことになっている。
『地獄に落ちろ!』と、行く先々で吐き捨てられ、唾をかけられた。『その馬を奪われたら仕事が出来ないんです。どうかお願いです、取り上げないでください!』とすがりつかれて泣かれたことも何度もあるし、彼らが憲兵に蹴られるのを黙って見たことも、それと同じ回数だけある。
そんな仕事を何年か続けたあと、辞める転機は突然めぐってきた。
税を滞納し続けていたある家に一人で行ったときだ。いつもうるさいほど子供の声が響いていたのに、その日は不気味なほど静まり返っていた。嫌な予感がして家の扉を開けてみれば、この世のものとは思えない光景が目の前に広がっていた。──まるで、地獄だった。
こんな仕事をしていれば、いつかはこうしたことに巡り合うと思っていた。他の徴税官たちは『慣れっこだ』と言い、それが『一人前になるための洗礼だ』とさえ言っていた。酒飲みついでの話のように、笑って。
『貧乏人が何人死のうが、気にすることじゃない。骨と皮ばかりの、犬も食わんような連中さ!』。
──だから、いつかは自分も、その光景に出会うのだろうとは思っていた。
しかし実際にそれを見たとき、自分の心はとてもそれに耐えられなかった。
宙に釣り下がった足の下で、幼い子供ふたりが首に指のあとをつけて死んでいる。自分の子供を殺したあとで、その男は自らも命を絶ったのだ。まだ腐臭もしていない。一日か二日前のことのようだった。その前に崩れ落ち、叫んで、吐いて、あとは泣いた。ひたすら己の所業を悔やんで泣き続けた。
そして、その足で徴税官を『辞めた』。二度と役所には戻らなかった。
記憶がとぎれそうなほどのうつろな放浪の末に、気がつけばあの村にいた。それまで何度か税の徴収で行ったことがあり、知っている村だった。そこに隠れ住んでいるのが異端の修道士たちであったのは知っていたが、彼らを密告することはついになかった。
そこで修道士になることに、なんの迷いもなかった。むしろ、そうすることこそが自分の贖罪であると思った。『妻は病気で死んだ。今は子供を食わせるのが精いっぱいで、払える金がない』と情けなさそうに泣いていたあの家主に、『あなたが納税しなければ、他の人間にたいして不公平になる』と心を鬼にして言い、『十日後、また取り立てに来る。そのときまでに用意しなさい』と冷ややかに告げたのは──ほかならぬ自分だった。
もっと別のやり方があったのではないかと、今でも思う。
ああまで厳しくしなくても良かった。たとえ自分の少ない給金を削ってでも、あの貧しい親子の代わりにわずかな税を払ってやり、守ってやればよかったのだ。それくらいは十分に金があったのに。
そうだ、必要なら、いくらでもそうすればよかった。金さえあれば誰も文句は言わない。帳簿をごまかすことなど造作もなかった。なのに、なぜそうしなかったのか……。死ぬほど悩んでいたなら、そう言ってくれれば……。いや、それが分からなかった自分が愚かだったのだ……。
後悔はつきなかった。
忘れたい出来事だった。しかし、忘れることはできない。
──のちに、言った人がある。
『自分が手を汚してもいないもののために、自分の身を犠牲にして罪を償うというのか』と。
しかし、あれは違うのだ。過去、ずっとこの国のために手を汚してきたし、自分を犠牲にしてでも償うべき罪もあった。修道服を着ていたからきれいな人間だと思われたのかもしれないが、中身は真逆だった。だから、あのときに思ったのだ。聖女を殺したと疑われている仲間を救うために犠牲になれるというのなら、それは、この身には願ってもない贖罪ではないかと……。
救われるべき人間ではなかったのに、なんの因果か救われてしまった。
それも、二度と会えないと思っていた自分の妹に……。
あれからまたいくばくかの時間が過ぎた。
どこへ行っても祈り続けたのは、ひたすらに過去への贖罪と、彼女の幸せだった。
そしてそれは、こういう形で叶ったのだ。
神が、自分のような卑小な人間の願いを聞き届けてくれたとは思っていない。そこまで自惚れてはいない。きっとあの方は忙しくて、自分のうえまではとても目が届かないだろう。
これは彼女の運命であり、彼女が掴むべき幸せだった。だから、そうなっただけだ。
そう思いながらも、やはり──嬉しかった。
こんな自分も、こんな思わぬ恩恵にあずかることができるのだから、やはりこの世界は慈悲深い。
(……来てよかった)
カレフはそう思いながら、荷物を足元から拾い上げ、賑やかな結婚式に背を向けた。
妹の元気な姿を見れただけで、十分に幸せだ。
それに、あんなに幸せそうだったではないか。それを思い出せば微笑みが浮かんだ。
妹の夫──といってもおそらく自分より一つか二つほど年上なのだが──は、あの立場から考えると信じられないほど配慮のある人物といえるだろう。なにしろ、妹のために『城に来てくれ』とまで言うのだ。これから苦労するだろうから、それを支える人間が『いくらでも必要だ』とまで言う。
彼なら、何があってもあの妹を守り続けられるだろう。
妹は、ついに自分の騎士を見つけたのだ。自分よりもよほど頼れる、永遠の騎士を。


「……おい、フィア」
後ろから肩を叩かれ、フィアは怪訝な顔で振り向いた。
大勢の客人や村人たちでごったがえす昼食の席。
草の上に並べられた、十個ほどのテーブルのあいだを思い思いにいきかって立食するという気軽なものだ。その料理は、近くの家からひっきりなしに新しく運び込まれている。村の女たちは忙しくて目が回りそうだろう。
その手伝いをして、今しも、新しい料理を机に並べようとしているところだった。酒場の仕事が役に立ち、両手に料理を持っていても歩けるという特技を身に着けたのをちょっとばかり自慢げに披露しているところでもあった。しかし、それを突然呼び止められたものだから、あやうくバランスを崩しかけた。
「せっかくの焼き立てパイを落とすかと思った! ……な、なに?」
自分を呼び止めたのは、今朝がた夫になったばかりの人物だった。
「あそこに、白い袋をかついだ客が歩いてるのが見えるだろう?」
ヴィクターは向こうを指差して見せた。
フィアは目を凝らした。
大勢の人の向こうに、たしかに、一人でここを離れていく人の後ろ姿が見える。
「うん。見えるけど?」
「あいつはうかつなやつで、忘れ物をしていった。おまえ、ちょっと走って呼び止めてこい」
そう言って、ヴィクターはフィアの手にある“焼き立てパイ”を強引に奪い取ってしまった。
「忘れ物って、どれ? わたし、届けてくるけど……」
フィアは怪訝な顔で言う。ヴィクターはそれに顎をしゃくった。
「いいから、とにかく話しかけてこい。渡す前に帰られたら困る」
「わ、わかった。じゃあ、これも持ってて!」
フィアはもう片手に乗せていた料理も彼に押しつけた。
両手に料理を持たされ、微妙に不愉快そうな顔にはなったものの、彼は文句は言わなかった。しかし隣に来たメルヴィンが、「牛飼いから料理人に転職ですかな? 陛下?」と冷やかすように言ったのには、さすがにむっと顔をしかめた。そして、料理を近くのテーブルにドンと下ろしてしまった。


急いで走っている最中に、頭の上に結い上げていた三つ編みが崩れてくるのをフィアは感じた。
それはまるで糸がほどけるようにばらばらになってしまった。慌ててそれを押さえてまとめながら、ようやく追いついたその人の肩にフィアは手をかけた。息を切らしながら。
「ちょ……ちょっと待ってください! あなた、何か忘れ物をしているみたいですけど!」
その人物は眉をひそめて振り向いた。
しかし、その目がじきに見開かれる。
フィアも同じだった。信じられないものを見るような思いがした。
戸惑うように目を逸らしながらも、彼は、ためらいがちに妹の名を呼んだ。
「フィア」
フィアは何も言わなかった。ただ、そこへまっすぐに飛び込んで、彼の首に抱きついた。
カレフの肩から荷物が滑り落ちた。
空いた手は、フィアの背中のあたりで浮いたままになる。
ついに、彼は諦めた。ためらいがちに、宙に浮いていた手をそっと妹の背中にやる。
華奢な背中だ。
けれど、この華奢な体で、いつだって果敢に飛び込んでいくのだ。どこへでも。
自分よりもよほど勇敢な、愛すべき娘。
「こんなところに顔を出して、すまない。おまえのためには、ぼくがここにいないほうが良かったのに」
「……会いたかった。兄さん……ずっと!」
フィアは耳元で、かすれた声で言った。
押しつけられた頬は暖かいぬくもりに満ちていた。
幼いころ、いつも自分を慕ってついてきた妹。
けれどもう、子供ではない。少女でもなかった。
カレフはフィアを抱きしめた。大人として、大人になった妹をしっかりと。
「こうするのが遅くなってしまったよ。もっと早く迎えに行くべきだった。それなのに……」
「ううん、いいの。……おかえりなさい、兄さん。あなたがここにいてくれるだけで幸せよ」
顔を見るために身を離し、涙に濡れたその笑顔は、輝くほどに美しかった。
彼も妹に微笑み返した。それから、込み上げてきた思いをこらえるように眉根をきつくひそめて、もう一度強く妹を抱きしめた。──そのほうがいいのだ。こんな年になって、子供のころさえ見せなかった泣き顔を見られるよりは、きっと、そのほうが。


──カレフ=レキシュは、この一年後、国王の再三の呼び出しについに応じて、王城で働くようになる。
財務卿であるルツィエ=ウェルガーは、かつては徴税官だったという、どこか影のある、口数の少ない男をしげしげと眺めたあと、(なぜ陛下は、こんな怪しい者を寄越されたのだ?)と思いながらも、命令通り自分のもとで働くことを許した。
しかし、徴税官といえば、嫌われ仕事の下っ端役人ではないか。
とてもではないが、貴族ぞろいの財務の省で働けるような経歴ではないのだが……。
しかし、その杞憂はじきに晴れた。
その男は実によく働いてくれた。
人が嫌がる仕事も率先してやり──いや、むしろそうした仕事を好んでやってくれ、一か月とたたないうちに、仕事上、どうしてもいなくてはならない人物のようになってしまった。性格も物静かで無駄口を叩かず、黙々と仕事をこなす。ルツィエにとってはまさに理想的な人材だった。気に入った。
彼はそれをひそかに、天敵であるレヴィン=アーミスに自慢しに行った。
いつもやられっぱなしなので、たまには溜飲を下げたかったのだ。
ずっと年下なのにひとつも自分に敬意を払ってこないレヴィンは、
『金勘定をするだけの財務にそんな有能な人間が必要ですか? 執務室に回してください』
と言いながらも、どんな人間なのか気になったのだろう、実際にルツィエのところまでやって来て、その仕事場をじろじろとのぞいた。そして書類を片づけていたカレフの仕事ぶりを実際に自分の目で確かめた。
珍しいことに一発で気に入ったらしく、『給金を二倍にしますから、今日から陛下の執務室付きになりなさい。名前は?』などと勝手に声をかけていた。しかし、物静かなカレフが自分の机から顔を上げてレヴィンを見上げ、自分の名をぼそりと名乗ると、レヴィンは急に青ざめ『やはり、やめにします。執務室には近づかないでください!』と言い捨て、なぜか一目散に退散していってしまった。
ルツィエには意味のわからない結末ではあったが、有能な配下をとられなくてほっとしたのは事実だ。
それから一年後、財務の仕事を隅から隅まで覚えきったカレフ=レキシュは──

──恐ろしい人材に変貌した。

国家予算の中の無駄という無駄を徹底的に洗い出し、切れるものから全て切っていった。
いくら金勘定が仕事の財務省とはいっても、そこまで手加減なしにやられるとあちこちで悲鳴が上がってくるわけで、さすがのルツィエも『もうすこし手を抜いて出来んのか!』、『これでは相手に恩を売れんのだぞ』と苦言を呈した。するとカレフは、
『自分の金ではないもので他人に恩を売る必要はありませんし、手を抜くくらいなら……死にます』
と、陰気な(真面目なだけだったが、ルツィエには死に神のように陰気に見えた)顔で言ってきて、その妙な迫力と返答にルツィエは内心震えあがり、以後は何も注意しなくなった。国王が連れてきた人材に死なれたら困る……!
そのあおりをもっともうけたのが、何かと派手な儀式・典礼をやる儀典省であることは言うまでもない。普段は仕事がなく暇なところなので、執務補佐官──のちには執務官長と呼ばれるようになったレヴィンが兼務していた。
暇といっても、国家行事には欠かせないところである。
レヴィンは、儀式や典礼は国の格式を保つための重要な要《かなめ》だと思っていた。
『貧乏国家だと思われたら、舐められて戦争をふっかけられるのですよ! そうなったらどれだけの金が浪費されるのか考えてみることですね! こんなものの比ではないのですよ!』と、彼はカレフに言いかえした。いつもの台詞だ。
それまではそうした言い争いはレヴィンとルツィエの専売特許だったが、このあとは、レヴィンとそう言い争うのはカレフ=レキシュの役目になった。ルツィエはそれだけでも、今となってはとんでもなく扱いづらい人間になってしまったが──それでもこの男を雇った甲斐はあると心のなかで思った。口の達者なレヴィンとやり合うのは何かと骨が折れるからだ。
しかしカレフは、いつも筋道を立ててきっちりと説明をし、『だからこれに予算は避けないのです。これに金を掛けるのであれば、こちらとこちらを重点的に増額したほうが国のためになりますから』と言ってレヴィンを黙らせてしまう。他の人間が相手ならいつまででも文句を垂れ流すレヴィンも、なぜかこの人物は苦手らしく、『か……勝手にしなさい!』とか、『無駄無駄って……なんでも無駄ですか! それなら生きていることすら無駄ですよ! フンッ馬鹿馬鹿しい!』など、彼にしては非常にまれな敗北宣言をして逃げてしまう。その後ろ姿にルツィエは密かにほくそ笑んだ。自分の机で。


彼と同時期にもうひとり財務省に入った、元神父の男がいる。
その男もまた癖があってつきあいづらい性格だが、ある種天才的といえる男で、これも、国王が城下から発掘してきた人材だった。国王は彼とは以前から気が合っていて懇意だったらしく、『新しい税体系はこの男に任せる』というほどの信頼ぶりだった。なんでも、大教会のミサに足しげく通っていたころに知り合ったのだとか……。
その男が数年後に、人々の度肝を抜く新しい税体系を作り上げることになる。
富裕な人間からより多くの税を集め、貧しい人間からは今までより少ない税しかとらないという、未だかつて例のないものだった。むろんこの税体系には貴族が団結して死に物狂いで反対をしたが、結局は国王の鶴の一声で押し切られた。
『国が滅亡するのと、貴族制が一部損なわれるのと、どちらかを取らねばならないとしたら答えは明確だ。これしきで騒ぐな』。
これを不満として一部の貴族が何度か反乱を起こした。
──が、ことごとく鎮圧された。
このころ、かつてはいくつかばらばらに存在していた騎士団はすべて“王国騎士団”として統合され、より人員を増やし、昔のように他国から恐れられるほどの強力な軍隊に変貌しつつあった。貴族が減ったぶん、騎士は増えたのである。(下級貴族の中には鞍替えした者も多かった。)騎士たちには給金も保護も手厚かった。彼らの忠誠心は高く、たとえ戦争と言われてもどこへでも行った。折しも“聖地奪還”のための戦争が旗揚げされ、法皇の命令によりウルヴァキアも参戦しなければならなかったため、しばらくはまさしく彼らの時代となった。


財務省では、元神父の男とカレフが両輪となって働いた。
ルツィエはその上司として、二人の配下に許可を出したり、あちこちで二人が他の省の人間とぶつかって問題を起こすのの尻拭いをする、というような役回りになった。それまでは一手に全ての権限を持っていただけに、最初はそれに不満がないではなかったが、またたくまに国の借金が減っていく一方で、国力はどんどん上がっていくのがいっそ壮観だったので、それで彼は溜飲を下げることにした。これこそが自分のやるべきことではないか!
自分の仕事を“正しく”しているときは、実に気持ちがいい。
王室に巨額の金を貸し付けている一族の長である彼の父も、現国王の政策を終始一貫して支持した。『富裕な人間から、より多くの税を取る』という政策は、商人として巨額の富を蓄えていた彼らにとっても大きなダメージではあったが、中間層の民は見違えるほど豊かになり、生産活動も消費活動も飛躍的に伸びつつあった。税で取られる分は痛いが、経済の規模は格段に大きくなっていったのである。それによって最後は黒字になると商人らしい計算をして、あえて反旗を翻さなかったわけだ。
それに、金のためだけに動いているのでもない。
彼ら一族は、各地を放浪した流民であった自分たちを受け入れてくれたウルヴァキアに、ある種の恩返しをしたかったのである。『受けた恩は必ず返す』、それが彼ら流民の鉄則だった。


──ウルヴァキアは前述した、南方の聖地奪還の戦いによって致命的な傷をいくつも受けることになるが、その戦時中、南方に長期駐留する国王と騎士団と、国王のいない国の内部を金銭面で支えたのは、こうしたルツィエの配下たちだった。彼らがいなければ、ウルヴァキアはこの戦いのあいだに大幅に国力を減らしたろう。事実──聖地奪還の戦いのために呼び集められたほとんどすべての国の中、十数年に渡った長い戦争期間をまともに持ちこたえた国はウルヴァキアをのぞいてはほとんどなかった。
他の国々ではひっきりなしに反乱や政変があった。増大する一方の戦費をまかなうために、なりふり構わぬ重税を課したことがあだとなったのだ。そのうえ国王と騎士団が長期に渡って留守となれば、誰も言うことをきくはずがない。
一方、ウルヴァキア王城の役人たちは、鉄の結束を示していた。
役人だけではなく、民も同じだった。
ヴィクターは一部の貴族以外にはとても人望のある国王であり、彼がそれまでに施行した数々の政策はすべて民の利益となるものばかりだった。ウルヴァキア国内は安定していた。おかげで、国王の長期不在下であっても、国内は波立ちもしなかった。城主の不在は、最初こそ『歴史上、もっとも無力な王妃』といわれたフィアが、国王の側近たちに支えられながら、四苦八苦して守った。
国民は、国王と彼の騎士たちと、何より自由意志の徴兵に応じた自分の家族のために、前線に常に十分な糧食を送り続けた。それによってウルヴァキア国王軍は末端兵までまったく飢えることがなく、多くの兵を無駄に死なせずにすんだ。──他国では続々と、死体を山に積むような勢いで、庶民あがりの下層兵たちを死なせていたのとは対照的に。その兵たちは、この聖地奪還の戦いで召集されるまでは、剣など持ったこともないという貧しい農民たちだった。
ウルヴァキアでは、糧食を送るために必要な予算をしっかりと組んだのは、カレフを含めた若手の役人たちだった。金持ちからは狭く深く、貧しい人々からは広く浅く集めた税金で、戦時には戦時用の、長期停戦時にはそれ用の、国内の成長を重視した予算を組み、さらに臨機応変にそれを運用した。彼らはまさにエリート中のエリートだったのである。
──のちに、財務官カレフ=レキシュといえば、他の省の人間が『その足音を聞いただけで逃げだす』と言われるほどの人物となった。それほど、予算の配分と執行に厳しかったのである。
その彼が王妃の兄だと広く知れたのは、ずっと後になってからのことだった。
それまではその事実は一部の者たちのあいだだけで秘密にされた。それがカレフの望みだったからだ。王妃の親族だと知れれば仕事がやりにくくなるという表向きの理由と、なんとなく気恥ずかしいという、ささやかな理由によって。
2012 / 02 / 08. Posted in 騎士と乙女2 完結記念 [編集]

フィアの結婚 8 -いついつまでも-

帰宅したのは深夜だった。
今はもう、村は寝静まっている。遅くまで続いた宴会も幕引きになっていた。
騎士たちは“馬小屋”に戻っていったし、修道女たちは別の民家を宿代わりにして、そこで休んでいる。先ほどまではフィアもそこにいて、彼女たちと歓談していた。久しぶりに会ったから話は本当に弾んで、こうして家に戻るのも名残惜しいほどだったのだけれど。
服を脱ぎ、湯浴みをし、夜着に着替えて、ようやくのようにベッドにたどり着く。
他人に酒を注いで回るだけでなく、勧められるままにそれを飲んでしまったから、まだ顔が赤いままだ。酔いはさめていない。
今日、夫になったばかりの人は、先にベッドに入っていた。
フィアが起きているときに、彼がそこにいるというのは、かれこれ半月ぶりのことになる。
ここしばらくは「仕事が立て込んでる」と言って、ずっと帰宅が遅かった。それで、待っているうちにウトウトしてしまい、テーブルに伏して寝てしまうということが、ここ最近は続いていた。そしていつのまにかベッドにいるのだ。目覚めたときの、その意外な感じがちょっと面白くて途中から楽しみにしていたら、先日は「いい加減にしろ! 寝るときは自分でベッドに行け!」と怒られてしまった。……たしかに、もっともだ。
今は目の前で横になっているヴィクターは、完全に寝ているわけではなかった。片手で頭を支える格好で、上半身を少しばかり起こしている。
そこに近づいていき、フィアはベッドの上に座った。
膝を崩し、彼をちょっと見下ろすようにする。フィアの髪はずいぶん長くなっていて、前に垂らせば、胸のあたりまであった。スティーナが編んでくれていた髪型のおかげで、細かい波がたくさんついている。それを手で撫でつけてまとめていると、その髪の先を指でつまんで彼が言った。
「下ろしてるときは悪くない。あの妙な髪型も」
「妙って言わないでよ。せっかく、スティーナさんとセラエさんがしてくれたのに」
フィアは少しばかりふくれて言った。セラエが「古風なお姫さまふうで、かわいい」と太鼓判を押してくれたのだから、そうに決まっているのだ。ヴィクターには髪型のことなんか分からないに違いないと内心思う。自分も少しそうだけれど……。
「………」
けれど、彼の顔をじっと見ながら、考え直した。
今日は何もかもが素晴らしかった、と思う。
この日のために、二月ごろからふた月もかけてせっせと準備してきたし、今日も朝早くから起きてあれこれやりはしたけれど。やはり、とても自分ひとりで出来ることではなかった。
それが、「こんな結婚式をしたい」と漠然と思っていたことの全てが叶ったのだ。きっとかげで彼の尽力があったからこそだろう。何もしないというような顔をしていたから、つい文句を言ったりしていたけれど。今日という日になってみれば、どれほどたくさんのことを気にかけてくれていたかが分かる。思いもしなかったようなことがたくさんあったからだ。
「あのね。……今日のこと、一生忘れない。ありがとう」
フィアは深い感謝の気持ちをこめて、彼にそう言った。
彼は頭を支えているのではないほうの手を伸ばし、フィアの手を取った。
そして、それを自分の顔のところまで引き寄せて、軽く口づけた。
「満足したなら、良かったな」
「うん。満足した。とっても」
「なら、明日からはもう少しましな料理を作れ。あと、パンはもう自分で焼くな。誰かに貰ってこい」
「う……わ、分かったわ」
フィアはしょげかえった。気をつけて焼いているのに、なぜかいつもパンが焦げてしまうのだ。彼に言わせれば、生地が悪いか、火力が強すぎるかのどちらかだろうということだが、どちらなのかは未だに分からない。試行錯誤しているのに。
「でも、卵はうまく焼けるようになったと思うの。だって、ぐちゃぐちゃにならなくなったから」
「自慢するほどじゃない。誰でもおまえよりは、遥かにうまく焼ける」
「………」
「おまえの兄は、また当分ここへは来ないんだろうな」
不利になって黙っていると、向こうから話を変えてくれた。
フィアはほっとして頷いた。
「うん。一緒に暮らしたいって言ったんだけど、『それはよす』って」
そんなことを勝手に提案するなとヴィクターは内心思ったが、黙っていた。最終的に相手がそうしなかったのだから、問題にはなっていない。三人で住むことが無理なほど、この家は狭くはないのだが……。せっかく誰にも邪魔されずに私生活を満喫しているのだから、もうしばらくこのままでいたかった。
「兄さんに招待状を出してくれてたのね。知らなかった。わたし、どこへ出していいかも分からなくて、諦めてたのに」
「たまたま居所が見つかったから、出しておいた。それにしても……なんというか、相変わらず浮世離れした感じの人だったな」
彼は妙にしみじみとして言った。
カレフ=レキシュは、物静かだが、腹の中では何を考えているのか、ヴィクターにさえよく分からない人物だった。フィアの兄ならもっと単純そうな人物を思い浮かべるのだが。あれは、こちらの考えも見透かしてしまう種類の人間ではないだろうか? 滅多にそういう人間も周りにいないというのに。
「とにかく、前に会ったときと何も変わってなかった。たぶん、おまえがなかなか成長しないのも家系のせいなんだろうと思ったよ」
「ひどい! ばかにして!」
フィアは思わず自分の枕をつかんで、べしっとばかりに彼に叩きつけた。といっても柔らかいものだから、どうということはない。彼も気楽げに笑っている。
その顔を、もう一度同じことをしようとして掴んだ枕のかげから、思わずじっと見つめた。
こんなに優しげに笑う人だなんて、知らなかった。
この村に来てから、驚くようなことばかりある。
「あなたって、ここにいると、本当に他の人と変わらないみたい」
フィアは枕を下ろして、しみじみと言った。
きっと、結婚式は王都でしたほうがいいと、みんなに言われたに違いないのに。
今日だって、貴族らしい人はノイエとクリステラ以外に見なかったし、騎士たちも『来られなかった者たちが残念がっていた』と言っていたではないか。城の使用人たちもいないし、王都の民も、もしかしたら国王の結婚を知らなかったかもしれない。牛飼いで生計を立てているとはいっても、まだ国王の地位から退いたわけではないというのに……。
「いつ……やめてしまうの?」
「国王稼業か?」
「……うん」
「もう少し先だ。まだやり残したことがある」
「そっか。それじゃ、それをやらないとね……」
「来月には、城に戻ろうと思ってたところだ。それを片づけるために」
「そうね。そうしなきゃいけないと思う。やり残したことがあるなら」
フィアは素直に頷いた。反対するようなことは何もなかったけれど。
「おまえも一緒に来ないか?」
「……わたし?」
思いがけない誘いに、目を見開いた。
彼は頷いた。
「王都に行けば、当分ここに戻ってこられなくなる」
「当分って、どのくらい?」
「一年ほど、だ」
「そんなに?」
フィアは顔をくもらせた。
この家にいたいし、この村から離れたくないという気持ちがある。でも、一年も離れているのは、さすがに出来ないように思われた。だって、ここから王都までは、とても遠いらしいから……。
「そんなに会えないなんて、いや……」
心細く思って言えば、彼はつないだままの手を軽く握りしめた。
「なら、一緒に来い」
「でも、ちゃんとした王妃でもないのに、お城をうろうろしてたら変じゃない?」
「俺がまだ国王なんだから、おまえは今、王妃だ。一年後に庶民に戻るとしても」
「お……王妃? わたしが?」
フィアは目を見開いた。
けれど、よく考えてみれば、彼の言うとおりだ。
彼がまだ国王なのだから、その彼と結婚した自分は……。
「で、でも、何も出来ないし、何も知らないのよ。こんなわたしが王妃だなんて言ったら、城の人たちが怒らない?」
「必要なことは、その都度教えてやる。一年後にはだいたい覚えられるように」
「でも、一年たったら、あなたは王さまをやめてしまうんでしょう?」
「ああ」
「じゃあ、無駄じゃない? 覚えたこと?」
「無駄じゃない」
妙にはっきりと言うので、フィアも考え込んだ。
──王妃。
考えたことはある。
そうなる覚悟も、なかばしていた。王都にいたときは、何があっても耐えようと思っていたのだから。
でもそこから離れてしまって、ルーゲンでひと月もふた月も過ごすうちに、その気持ちも薄れていた。
それからもう半年も過ぎたのだ。
彼はいまや他の村人たちと変わらぬ暮らしをしているし、この生活にもすっかり慣れてきたところだった。
「牛は? 誰が世話するの?」
「……村の連中に頼んでおこう」
ヴィクターは存在しない飼い牛について、その将来を考えて言った。
「……分かった」
フィアはついに頷いた。要するにこういうことなのだと思いながら。
「つまり、王妃さまのふりをすればいいんでしょう? 一年間だけ!」
「ふりというか……まあ、そうだな。“王妃のふり”だ」
「あんまりうまくできないかもしれないけど、やってみる。ほんとは、前に覚悟したこともあるもの」
「そうしろ」
彼はあくびまじりにそう言って、フィアの腕を軽く掴んで引き寄せた。
「話の続きは明日だ。もう寝る。眠くなった」
「そ、そうね。今日は、あの……お疲れさま!」
「灯りを消すぞ」
「うん……」
部屋はまっくらになる。
いつものように身を寄せ合ったあと、しばらく沈黙が流れた。
「おまえと結婚して……」
「うん?」
「生活の何が変わったわけでもないが……ああ、名前が変わったのか」
「ほんとだ。でも、フィア=シヴェリウスって、ちょっと変じゃない? 自分の名前じゃないみたい」
「何か文句あるのか?」
「も、文句っていうか……。慣れない感じだと思っただけだけど」
「なら、フィア=アーミスとか、フィア=ラディウスだったらしっくりきたのか」
「……どっちも変!」
「だったら我慢しろ」
「………」
それきり、部屋の中は静まり返る。
今日からこの人が新しい家族だと思うと、ふいに、なんともいえない嬉しさがこみあげてきた。
修道院ではたくさんの“家族”がいたけれど、やっぱりこれは、それとは少し違っていた。
あんな出会い方をしなければ出会わなかった人だと思うと、何もかも運命だったと思える。
彼の犯した罪は消えることはない。彼もそう思っているだろう。その証拠のように、その体は傷だらけなのだ。けれど、それはこれから自分も一緒に背負って、分かち合うことができる。そうできるくらいには強くなれたはずだから。
心からの贖罪の気持ちがあれば、いつかはその祈りは神にも届くだろう。
そう信じて、今は、何も心配せずに目を閉じよう。今日という日だけは、何の罪もない顔で。
そして明日から、違う人生の幕を開けるのだ。
人はきっと人生をやり直せるはずだと、そっと息を詰めてフィアは思う。
ささいなことから重大なことまで、過ちを犯さない人はいない。“罪”というなら、誰だって、何かの罪びとかもしれない。いつだったか、聖アルメリアに来た神父もそう言っていたではないか。『人はみな罪びとなのだ。聖書にもそう書いてあり、神の定めた厳しい戒律を守れている人も、この世には“誰ひとりとしていない”』と。
でも、どんな人も、それを償う機会を神から与えられている。必ず。天におられる神は、それほどに慈悲深く、知恵のある方なのだから……。ならば、常に自分の心の声に耳を傾け、物言わぬ神の気持ちをはかりながら、できるだけ間違わずに生きていくことしか人にはできないのだろう。
だから、泣いたり、立ち止まったりせずに、まっすぐに歩いていこう。
お互いに、いつでもたしかに手を取り合って、その先へ歩いていこう。
今日、誓った言葉そのままに。
いついつまでも──
あたたかな光のように輝き続ける愛が、この胸にありますように。
2012 / 02 / 08. Posted in 騎士と乙女2 完結記念 [編集]
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