スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
-- / -- / --. Posted in スポンサー広告 [編集]

仮置き場

ブログのほうに置いたままだった、

カタリナの独白
ヴィクターの帰郷
フィアの結婚

の三本の小説を、(まだ移動できていないので)こちらに公開しておきます。
2013 / 05 / 17. Posted in お知らせ [編集]

久々にメールへのお返事など・・・

皆さまこんばんは。

2012年はオフラインの活動を優先しようということで、
生存不明みたいな状況になってしまっていましたが、
なんとか外伝をひとつアップできまして、
それに対してちょこちょこ感想もお寄せいただいて、本当にありがたく思っております。

一行感想に近い感想から、力の入った長文感想までいろいろあり、
また、「いつまで改装しとるんじゃ!」というお叱りのお言葉もあり、
ほぼ一年放置している僻地のサイトであるのに、こんなに気にかけていただいて勿体ない限りです。

*

さて、基本的にメールにはレスなしとさせていただいていますが、
お問い合わせなども来ているので、久しぶりにお返事を書かせていただきます。
とりあえず12月に入ってからいただいた二通にお返事を。
(それ以前にいただいたどのメールも、大事に読ませていただきました。感謝!)

続きを読む »

2012 / 12 / 02. Posted in 感想レス [編集]

近況報告

寒くなってきましたが、皆さま、いかがお過ごしですか?

来年の手帳を買おうと思って、
今年使ってみてなかなか良かった「ジブン手帳」を購入しようと思ったのですが
なんともう売り切れでした。
最近の手帳は夏ごろに売り出して、秋には売り切れてしまうのですね。
年の瀬までのんびりしていた自分が憎いです。
(ていうか、普通に12月に手帳を買いたい・・・。1月1日はじまりで・・・ッ)

トモエリバーという紙の書き心地が気に入ったので
どうしようかと考え込みながら検索してみますと、
どうやら「ほぼ日手帳」が同じ紙なのですね。
というか、知る順序が反対ですね。(ほぼ日手帳のほうが元祖の模様)
ほとんど隠者のような生活をしているので、世のトレンドに疎いです。

それで、今のところは、次はそれにしてみようかな?と考えているところです。
ミドリのMDノートとかもよさげだし、書店めぐりしてあと一日迷ってみるつもりですが。

*

このところ左肩が腫れていて、日常生活に支障をきたし気味です。
左腕があがらん!!
着替えのときとかすごく四苦八苦する。
妹に「なんでこうなるんだろう?」ときいてみたら、「リンパが腫れてるんじゃないか」とのこと。
どうも、寒いので、リンパの流れが悪くなったらしい。
寒さには弱いので、このところの冷え込みは厳しいです。
腕が上がらないだけでキーボードは打てるので、いいんですけどね。

*

執筆状況についてもいろいろ書きたいのですが
執筆のほうを優先しようということで今はやめときます。
あの真っ白なサイトを見て自分なりに背筋が寒いものもあるのですが
肝心のコンテンツ(小説)が完成しないことにはどうにもならないという・・・。

とにかく、12月には絶対公開するぞと、できなかったら切腹しますと妹に言ってあるうえに
妹からも「そのときは介錯してあげます」と冷たく(←励ましです・・・)言われているので、
命がけで頑張ってきます。
泡沫の議員の選挙運動よりきっと頑張ってる。

あ・・・妹の小説も12月に発売されるので、見かけた人はぜひ読んでみてね!!
画像リンク張ってもいいか聞いてみて、許可出たら張りますね。今日発売だよ!
2012 / 12 / 01. Posted in お知らせ [編集]

カタリナの独白 17 【最終話】

──現実は違っていた。
すっかり使用人の女と子供になついたユリアナは、その使用人の家で遊び疲れたあと、実に心地よく眠っていたらしい。それを私が夜中に行って起こしたものだから、ぐずるわ泣くわで、もうさんざんだった。
しまいには私はユリアナをその家から引きずり出さなければならなかった。
使用人の女も不安そうにハラハラして見ているし、その家の子供は私を敵と勘違いして足を殴ってくるし──男の子で、騎士にでもなったつもりなのだろうか、棒切れを手にしていた──それを蹴飛ばしかける私を使用人の女が睨んでくるしで、とにかく、ひどい有様だった。
泣きわめくユリアナを抱え上げて、城館の中の部屋に戻る。
ユリアナは本当に、気が違ったように泣いている。私は自分が人さらいにでもなったような気がして、ひどい気分だった。

続きを読む »

2012 / 10 / 20. Posted in カタリナの独白 [編集]

カタリナの独白 16

それから一か月ほど、王城で過ごした。
ユリアナは新しい環境になじめないようで、四六時中癇癪を起こしたり、不機嫌な顔をしたりした。そして、隙があれば私のもとから脱走しようと試みた。
私はまるで、放し飼いにしてウサギを飼っているような気分になりながら、ユリアナが逃げ出すたびにそれを探した。あるときには何時間も姿を消したままなのに頭に来て、「もう知りませんからね!」とそこらじゅう歩いて怒鳴ったりもした。そういうとき、ユリアナはやはりすぐには姿を見せないのだが、夕食どきになるとどこかから現れて、知らん顔をして私と同じ食卓につくのだった。
どうもこの子は賢いのだ、と私は思った。年のわりに。
賢いし、それに、全然言うことをきかない。……最悪だ!
しかし一か月も経つと、さすがにユリアナも私の存在に慣れてきたようで、言うことをきかないまでも、私の言うことをまったく無視する、というようなことは少なくなってきた。けれど相変わらず口数は少ない。ほとんど喋らないし、何かあるとすぐに不機嫌そうな顔つきになる。私は自分のやり方が正しいのかどうか心配になって、マルギットのところへ問い合わせたりもしたのだが、ユリアナは孤児院にいたときから物静かな子だったという。いつも隅で、ひとりきりで遊んでいるような子供だったらしい。
思えば、私の母は早くに亡くなった。父は私が十四・五の少女になったころに後妻を迎えたけれど、後妻は二十代と若くて、私とはあまりそりがあわなかった。ほとんどまともに話したこともない。表だって争ったりはしなかったけれど、心を許すことはなかった。
私は母親というものを知らないのだ、と改めて思った。
ユリアナにも、どう接していいのか分からない。生意気な態度をとられると、つい怒鳴りつけたくなる。
こんなことではいけないと、他に子供を持っている友人がいないかどうか考えるのだが、十代のころから修道院に入っている私にそんな友人がいるはずもない。
いろいろと悩んだ挙句に、私はやはりというか──フィアのところへ行った。
相変わらず私はあの人を馬鹿にしているところがあるのだが、その反面、何かあったときに頼れるのはフィアだけではないかと思ったりもする。


「──どうしてわたしに訊くの? そんなこと……」
フィアは例の村の例の家の例の居間で、脱力したように私に訊いた。
「だって、結婚してる……しそうな人って、あなたしかいないんだもの。仕方ないでしょ」
「でも、わたしは子供を産んでいないし。子供の育て方なんて聞かれても、分からないわ」
フィアが言うのももっともだった。
私は相談する相手を間違えている。そうは思いながらも、他に相談する人がいないのだからしかたない。
「じゃあ、早く産んでみてよ」
「無茶言わないでよ! まだ結婚式もしてないのに!」
季節はまだ冬。ようやく年が明けたところで、外には雪が積もっている。ここまで来るのもすごく大変だった。半日で着くはずが、まる一日かかってしまい、もう夜だ。
「大教会に行って、聖母に寄付して、祈り札をもらえば子供ができるんでしょ?」
私は嫌がらせのように言った。
「早くそうしなさいよ」
「………」
フィアはむっとしたような顔で、その顔を赤くして押し黙った。
このぶんだと、どうやら自分の間違いに気づいたらしい。
「そんなことする必要はないって、言われたわ……」
何も知らなかった自分が恥ずかしいとでもいうような、怒ったような顔である。
「へえ……。ついにあなたもそのことに気づいたわけね。同居半年にして」
私は暖炉で隅が弾ける音を近くに聞きながら頷いた。
目の前のテーブルには暖かいお茶と、お菓子がある。今日のものは焦げていない。
「それにしても、結婚式まであと何か月もあるのに、その前に子供ができたりしたら大変よね」
「そうなるようなことはしないわ……結婚式まで!」
フィアは真っ赤になりながら断固として言った。何か意に決したものがあるらしい。
「いまのところ、い、一か月くらい……してないもの。このまま春まで過ごすつもり!」
「変なことしてると、浮気されるのではないの?」
私は心配になって言った。
「言っておくけど、あなたが一緒に暮らしている人は、別にあなたひとりで我慢する必要なんて全然ない人なのよ。王都の貴族の女たちは涎を垂らしているでしょうし、村の女たちだってこっそり狙ってるかもしれないわよ」
「そ、そんなことない……」
フィアはそう言ったが、その顔に一瞬動揺が走ったのを私は見た。
この村には何度か足を運んだだけだけれど、若くてきれいな娘が何人かいるのは見た。ああいう娘に目移りされたらどうするのだろう? それとも、そんなことにはならないと自信があるというつもりだろうか?
「まあ、あなたをいじめるつもりで来たわけではないから、この話はやめるけど」
どうせ将来的には、そういう問題で泣かされる羽目になるに違いないのだ。と私は思った。
「とにかく、あなたに聞きたいのは子供のことよ。私の」
「だから、そんなこと聞かれても分からないってば!」
フィアは癇癪を起こしそうな勢いで言う。
「ユリアナさんはあなたの子供でしょう? あなたが一番よく分かるはずじゃない!」
「それが、分からないのよねえ、ちっとも。あの子が何を考えているのか……」
私は考え込むように椅子にもたれて、髪の先をいじった。
今日はユリアナは城の使用人に預けてきた。その使用人の子供と仲が良くなっているらしく、このところ入り浸りになっているからだ。使用人も信用できそうな女性だったし、一日くらい預けてもいいと思って預けてきたのだが、この雪だと今晩は戻れそうにない。
まあ、大丈夫だとは思うけど……。
「最近は少し言うことをきくようになったけど、だからといって、なついているわけでは全然ないわ。でもあなたって、子供たちにすごくなつかれていたじゃない。どうやったらああなれるわけ? 何か秘密の飴でもあげてるの?」
「そうじゃなくて。わたしはただ……」
フィアは口ごもった。それから、ちょっと考え込んだ。
「自分が子供だったら、こうされたいと思うことを、するようにしてるだけだけど……」
「『こうされたいと思うこと』?」
「……うん。たくさん遊んでほしいとか、時々褒めてほしいとか、そういう気持ちを、そのままやってるだけだけど。自分が子供のときには、そういうふうに思ったろうなって」
「ふうん……」
私は曖昧に頷いた。なんとなく分かるような気はしたけれど。
「私、自分が子供のころどうだったかなんて全然覚えていないわ」
「カタリナのことだから、きっとすごく気が強かったんだと思うわ」
「……そう言われると気分がよくないけど、たぶん、そうでしょうね」
「とにかく、『分からない』なんて言ってないで、一日でも長く一緒に過ごせばいいじゃない。まだ引き取って一か月しか経ってないのに、他の人に預けたりするなんて、あんまり……しないほうがいいと思うわ。そんなこと、他人のわたしが口を出したくないけど」
フィアのお説教はたしかにもっともだ。
まさかフィアに説教されるようになるとは思わなかったけど……。
「ユリアナさんにとって、赤ん坊のころに一緒にいなかったあなたは、まだ本当の『お母さま』じゃないんだわ。だから、少し反抗してるんだと思う。それも当然のことよ、カタリナ。分かるでしょ」
「……分かるけど、あなたに言われるとなんだか腹が立つわね……」
「わたしのところに聞きに来るのがいけないのよ。……でも、わたしがあなたなら、一日だってユリアナさんを手放したりしないわ」
「た、たった一日だけよ。それに、今日は雪で帰れないんだからしょうがないじゃない」
「今日は仕方ないけど、ユリアナさんは、どうしてあなたが戻ってこないのかって、すごく不安になると思う」
「そうかしら? だってあの子、言うことをきかないのよ。私のことを他人みたいに睨むし」
「だから、それはあなたに反抗してるだけよ」
「なんであなたって子供の気持ちが分かるわけ? ……あ、分かった、あなたがまだ子供だからよ!」
私は真実を掴んだ、というように思わず叫んだが、フィアに冷たい目で見られた。
「カタリナだって、わたしとたいして変わらないと思うけど……?」
「………」
「いくらあなたを睨んでいたって、あなたが戻ってこなかったら、ユリアナさんはきっと悲しむと思うわ。絶対そうよ」
フィアが何度も強く言うので、私も少し落ち着かない気分になってきた。
「そ、そう? 私がいなくて、あの子、寂しがると思う? ……ほんとに?」
「寂しがるし、寂しがらせたらいけないと思う」
「じゃあ……か、帰るわ」
私は思わず立ち上がった。
よく考えれば、あの使用人の女性も信用できないかもしれないし……。雰囲気からするとなんとなく信用できるように見えたけど、私はその人のことをほとんど知りもしない。使用人の子供と遊んでいるうちにけがをするかもしれないし、ユリアナを誘拐して身代金を要求してくるかもしれない……。
「だけど、外は雪よ」
「な、なんとか帰れるわよ。……ねえ、村から馬車は出てる?」
「何日かに一度、王都に荷物を運ぶ馬車が出るけど、今日はないわ。それに、荷馬車だし」
「じゃ、どうやって戻るって言うのよ!」
私は癇癪を起こした。フィアは困ったような顔になる。
「王都から来た馬車は?」
「そんなの、とっくに帰ったわ」
「村の誰かに頼めば、馬車を出してくれるかもしれないけど……」
「お願い、誰かに頼んでくれない?」
「あの、カタリナ。わたしから言っておいて悪いけど、明日の朝になってから戻れば? 明日の朝なら、誰かに頼むにしても、頼みやすいと思うの。これから王都に馬車を出すとなると、暗いし、雪道だし、今晩中には戻って来れないでしょ? だから……」
今晩戻れないことを承知で、馬を出してくれる人などいない、という口ぶりだ。
たしかにそうだろう。しかし、私も私で引き下がれない。
「だめよ。今晩、戻ると決めたら戻るわ。あの子に何かあったら、私、自分が軽はずみにひとりで出てきたことを後悔することになる。……正直いって、なんだかすごく不安になってきたの。胸がどきどきするのよ、フィア。どうしてだかわからないけど」
「それは……あなたがお母さんだからよ!」
フィアはふと、感慨深げに言った。
「なんとかしてあげたいけど……」
フィアも、困ったような顔で家の扉を開ける。
外からものすごい冷気が吹き込んできた。それに、外はもう真っ暗だ。
空には星が輝いている。そんな時間だろうかと思ったけれど、冬は日が落ちるのが早い。
「さ、寒いわね……」
私は思わず身震いした。暖炉で温められた室内からすると、凍えるように冷たい風に感じる。
「やっぱり、無理なんじゃないかしら」
フィアもそう言って扉を閉めようとしたが、「……あ」と呟いた。
誰かが馬で戻ってくる気配がする。
しばらくすると、分厚いマントに身を包んだ男が、家の前で馬を停めた。開いたままの玄関扉から漏れる明かりのなかで下馬し、怪訝そうな顔でフィアと私を見る。
「どうしたんだ?」
「あ、お、おかえりなさい!」
フィアが慌てたように言った。戻ってきたのは、当然ながら彼女の未来の夫だ。
「また来てたのか」
彼女の未来の夫──ヴィクターは、正直なところ、いささか呆れたように私を見た。
「よく来るな」
私がこの家に泊まるたびに、彼は階下の長椅子で寝させられるのだから、内心でちょっと不愉快に思ったとしてもしかたがない。
「今日はなんの用事で? “女伯”」
良く通る、やや低いが響きのよい声で女伯、と呼ばれて、私は我に返った。
そうだ、私はゴドセヴィーナ“伯爵”なのだ。他でもない、目の前の人の命令で、父からその権限を譲り受けることになった。
名もない小娘ではない。
「子育ての相談に来たのですわ、陛下」
私は初めてまともに彼と話をした。
「相談する相手が間違っている、と思うが……?」
彼はどういうことだと言わんばかりに眉をひそめて言う。
「間違っていません。彼女は私に良い助言をくれました」
「そうか……」
別に聞きたくもないというような顔で言うが、私は続けた。
「つまり、たとえ一晩でも、引き取ったばかりの娘と離れていてはいけない、ということです。私は今日はこちらに泊めていただく予定でいたのですが、自分の行動は軽はずみだったと思いなおしました。いまから、どなたかが王都まで馬車を出してくださらないかどうか、村を回ってみるつもりでいます。娘を悲しませたくありませんから」
私は一か八かで言った。
彼は渋い顔になった。それからフィアを見た。
「……つまり、どうしろと?」
「なんとか……できる?」
フィアはか細い声で訊ねた。
「なんとかも何も、こんな時間に王都まで馬車を出す人間などいないだろう……」
彼は一度は脱ぎかけたマントを羽織りなおした。
「もう一枚厚手のやつを持ってきてくれ。二階にある」
「わ、分かったわ」
フィアは急いで二階へ行った。
そのあいだに彼は、私に自分のマントを着るように指示した。
「年明けの夜は冷えるが、我慢してもらうしかないな」
「文句は言いませんわ。自分で望んだことですから」
私は内心ひどく緊張しつつも、頷いて言った。
やがてフィアが、分厚いマントを持っておりてきた。わたしは自分のマントの上にそれを羽織った。かなり保温性があり、さすがに暖かい。
「前に乗ってくれ。後ろだと、居眠りでもしたら落ちる」
彼は私に手を貸しながら、さきほど自分が乗ってきた馬に乗せた。
そして自分はその後ろに乗る。手綱を取るために前に回された腕が自分のわきに触れるので、私はますます緊張して、正直なところ凍りついたようにカチカチになってしまった。
「中に入ってろ」
彼はフィアに命じた。フィアは外まで出てきていた。
「気をつけてね」
フィアは私と彼の顔を交互に見た。
「夜明け前までには戻る。閂をかけてから寝ろよ」
「うん……行ってらっしゃい!」
内心ではどんな気持ちか分からないが、フィアはそう言って頷いた。
「あなたには、本当に迷惑ばかりかけたわね。……ごめんなさい」
「いいの、カタリナ。聖ドロテアにいたとき、あなたって、いつもどこか寂しそうだった。ずっとどうしてかなって思ってたけど、その理由が分かって、私も謎がとけたような気持ちよ。ユリアナさんと仲良くしてね」
「……ありがとう。そうするわ」
私は頷き、フィアに手を振った。
フィアも手を振りかえす。
馬が走りだした。ゆっくりと。
すぐにフィアの姿は見えなくなる。私は振り返るのをやめた。
後ろの人の胸が自分の背中についているけれど、互いに分厚いマントをまとっているから、直接肌に触れるような感覚ではない。そのことに私はほっとする。……これが夏だったら、フィアに悪いと思わなければいけないところだわ。
馬は村を出るまではゆっくりした速度を保っていた。
「本当に、あなたにもフィアにもお世話になりました。感謝申し上げます、国王陛下」
「フランツ=ゴドセヴィーナのことは残念だった」
彼は簡潔に言った。
「しかし、伯爵家は存続する。あなたには仕事が多く残されているぞ。女伯」
「お預かりした領地の管理が行き届きますよう、最大限、注意を払ってまいりますわ」
「そうしてもらえるとありがたいな。……お互い、できることをやっていくしかない」
「本当に」
私は彼の謙虚さに驚きながら言った。
国王というからにはもっと尊大な人物だろうと思っていたのに、全然違っている。
私は彼がフィアを選んだ理由がなんとなく分かった気がした。たぶんこの人は、貴族の女のようなものは逆にあまり好きではないのだろう。その点フィアは素直で、本当に普通の村の娘のようだから、それが気に入っているに違いない。
「スピードを上げる。着くまで黙っていたほうがいい、でないと舌を噛む」
「分かりました」
私は頷いた。
その宣言通り、馬は村を出ると、感動的なほどの速さで走った。
馬車が何度か往復して固めたのであろう道のうえを、よく見分けて走ってゆく。
私はそれでもだいぶ緊張していたが、そのうちに、眠気に勝てなくなってきた。気がつくと頭を揺らしてうとうとしている。
いつのまにか後ろの人の片腕が私の胴にしっかりと回っていた。私はそれにも気づかず、案外、深い眠りのなかに入っていった。夜の世界のなかにもひときわ白く輝く雪のなか、力強く大地を蹴って走る馬のリズムが心地よいせいだろうか? 馬には、あまり乗ったことがないのだけれど……。
馬上で、私は夢を見ていた。
息を切らして戻った私に、ユリアナが、今度こそ「お母さま!」と言いながら抱きついて来るという夢だ。私はその夢を見ながら、唇にうっすらと笑みを浮かべていた。それは幸せなひとときだった。
2012 / 10 / 19. Posted in カタリナの独白 [編集]

カタリナの独白 15

そこは孤児院の院長室のような場所だった。マルギットがこの部屋の主である。
「それで、お話しというのは……?」
向かい合って応接用の椅子に座りながら、マルギットが改めて切り出してくる。
「ここに、ユリアナという子がいますでしょう?」
「ユリアナ? ……え、ええ。おりますわ」
「彼女を引き取りに来たのですわ、院長」
私は改まったようにマルギットを見た。
「引き取りに?」
マルギットは目を丸くした。そうすると人好きのする雰囲気の顔になる。
「あの、失礼ですけれど、どういう縁か、お聞かせいただけますか?」
「なんというか……つまり」
「つまり……?」
私はちょっとうつむいて続けた。
「私の娘なんです」
マルギットは唖然としたような顔になった。
「え? ……ユリアナさんが、あなたの娘?」
「……はい」
私は膝の上に視線を落とし、つま先をいじっていた。
この問題に関して深く追求されるのは嫌だったのだ。
「な、なんというか……なんといえばいいのか」
マルギットは慌てふためいている。当然かもしれない。
「でも、あなたは、その……聖ドロテアにいらしたわけですよね?」
マルギットは、遠慮しつつも、どうしても確認せずにはいかない、というように言った。
「聖ドロテアに入る前に産んだんです。……事情があって、私はその子を置いて修道院に……。でも、やはり引き取ろうと思ってこちらへ来ました。そうするのが自分の務め……親としての務めだと思ったからです」
「シスター・カタリナ、……いえ、カタリナさん」
マルギットは改まった調子で言う。
「はい」
「あなたのご決意はご立派です。しかし、あなたが一度その子を捨てたということは、事実なのでしょう?」
「……はい」
私はうなだれたままでいた。マルギットにお説教をされるのは憂鬱な気持ちがした。
「失礼ですけれど、あなたはおいくつでいらっしゃるの?」
「……二十三ですわ、シスター・マルギット」
「聖ドロテアに入られたのはおいくつのとき?」
「十八です」
「その子をご出産なさったのは?」
「十七のときでした」
「そう……。たしかにお若いけれど、どうしても子供を育てられないという年齢ではありませんわね。世のご婦人がたは、もっとお若くしてご出産なさったり、しっかりと子育てなさっておられるのですから」
「……仰る通りですわ」
私は不本意ながらも、それを表に出さないようにして言った。
正直に言えば、いったい何がいけないのよ、という気持ちだった。子供を捨てた親が子供を引き取りに来ただけのことではないの。何をそう、ごちゃごちゃと言わなければならないの、というような。
その一方、自分は説教されるだけのことはしたのだ、とも思った。
これはマルギットの優しさなのだ。私は誰かに叱られることが必要なのだから。
「本当に、その子を引き取って育てるおつもりですの?」
マルギットに訊ねられ、私は顔を上げた。
もちろんそうだ。私は彼女を見つめた。
「そのつもりです」
「ゴドセヴィーナ伯爵家はもう無いのだと聞きました。あなたは貴族ではない……。生活をする方法があなたにはありませんわ、カタリナさん。お気を悪くなされるかもしれませんけれど、こういう方法はどうですの? あなたが聖イローナ女子修道院の修道女になられる……」
「それも考えましたけれど、結局、私はユリアナを他の子と同じように育てられるほど、心が広くないのですわ」
「自分の娘だけ、特別に贔屓してしまうと?」
「……そう思います。私は未熟な人間なんです、シスター・マルギット」
「……そうですか」
マルギットは頷いた。そして小さく嘆息した。
「親としては、当然のことだと思いますよ。でも、さっきも申しあげたとおり、あなたには生活の方法がない……。そのような状態で、ユリアナさんをあなたのところに戻すわけにはいかないのです。まして、あなたは一度娘を捨てたのですから」
「私の娘なんですよ!」
私は思わず声を荒げそうになったが、かろうじて自分を抑えた。
「……生活の方法ならありますわ、シスター・マルギット」
「本当ですの?」
マルギットは私が興奮しそうになったことも気にせず、穏やかに訊ねてくる。
さすがに、伊達に年はとっていないということだ。私もほっとして、気持ちが落ち着いた。
「伯爵家は存続します」
「……まあ!」
マルギットは驚いたように目をみはった。
「そ、それは良い知らせですわね、カタリナさん! でも、本当に……?」
「私が当主になるのなら、存続してもよいと国王陛下が仰せになられたのですわ」
“国王陛下”の言葉に、マルギットの背筋が伸びた。そう見えたような気がした。
「陛下直々に? では、本当に伯爵家は存続されるのですね。良かったですわ……!」
マルギットは本心からそう言っているようだ。
「銀鉱山を手放すことになりますので、領地からの税収は大幅に減るでしょう。それに、王家に対して支払うべき税が滞ったままですから、その支払いもあります。伯爵家は、今までに比べれば豊かではなくなるでしょう。……でも、親子二人が食べていけないようなことにはならないと思います。なんとか、ユリアナを育てることができると思っています。だからここへ来たのですわ、院長」
私はできるだけ冷静に説明した。
マルギットは頷いて聞いていた。そして、ついに、分かったというように微笑んだ。
「伯爵家が存続するのであれば、何も心配はいりません。カタリナさん、あなたにユリアナをお返ししますわ」
「……ありがとうございます」
私もほっとして言った。ようやく話がまとまったことに安堵したのだ。
「あの子をここへ連れてきたのは、前院長でした。今は行方不明になっていらっしゃいますが……。ですから、私どもも、どのような経緯であの子が孤児になったのかを存じなかったのです。でも、あなたが自分の娘だと仰られたので、腑に落ちたような気がいたします。前院長は、ゴドセヴィーナ伯爵家とは縁戚関係にあった方ですものね」
それに、とマルギットは続けた。
「顔立ちがとてもよく似ていらっしゃいますわ。私も、あなたをこうして前にしてお話しさせていただいて、しみじみ思いました。それが何より雄弁な証拠になりますわね」
「そ、そうですか」
私はどぎまぎした。ユリアナが私に似ているなんて、知らなかった。
──いや、フランツが言っていたかもしれない。「きみによく似ている」と……。
「娘に会えますでしょうか?」
「もちろん、すぐにでも」
マルギットは頷き、立ち上がった。
彼女が歩き出したので、私も立ち上がる。
彼女は院長室の扉を開いて廊下に出た。
静かな光に満たされた、美しい廊下が伸びている。空気は澄んで、しんと寒い。
やがて、さきほどの部屋が近づいてきた。また子供たちのにぎやかな声が聞こえてくる。
扉を開けると、中で、フィアや子供たちが駆け回って遊んでいた。笑い声が弾けている。
フィアは私を見て、私のほうへ歩いてきた。
「……まあ! すっかり話に夢中になって、修道女をここへ来させるのを忘れてしまっていたわ」
口元に手をやるマルギットに、フィアは「大丈夫です」と言った。
「ちゃんと見ていましたから」
「ありがとう、シスター・フィア」
マルギットが礼を言う。
フィアはにっこりとほほ笑んだあと、私の横に来た。そして、耳打ちするように訊ねた。
「ねえ、どうなったの?」
「もちろん、引き取れることになったわ」
私も彼女に言い返した。
「本当? よかったわね!」
フィアは無邪気に喜んでいる。
「……ねえ、ちょっと賭けない?」
私はそんなフィアに向かって、ふといたずら心を出して言った。
「賭けるって?」
フィアはきょとんとなっている。そういう顔をするとまだ妙に子供っぽく見える。
「ユリアナに、私とあなたのどっちが本当の母親かを秘密にしたまま、ふたりで声をかけるのよ。それで、どっちに来るか試してみましょうよ」
私は自分の思いつきを傑作だと思いながら言った。
フィアはあきれたような顔になった。
「何いってるの? カタリナ! そんなこと、しないほうがいいと思うわ!」
「何よ? 自分のところに来るとでも思ってるの? まさか?」
「まさかも何も、そういうことはしないほうがいいって言ってるの!」
「大丈夫よ。ユリアナは、私に顔が似ているそうよ。間違えるはずがないわ」
「子供を試すようなことをするなんて、ひどいと思うわ。私はやらないから」
フィアは頑なに言ってくる。
「何よ、面白くないわね! せっかく思いついたのに」
「カタリナの思いつきって、シスター・エミリアの思いつきと同じくらいひどいと思うわ……」
げんなりしたようにフィアが言う。
そして、マルギットが、中庭のほうからひとりの女の子を連れて戻ってきた。どうやら、ここで遊んでいた子供たちのなかにはいなかったらしい。他の部屋にいたのだろう。
私はその女の子を見た瞬間に、ひどく緊張してきた。手のひらが汗ばむのを感じる。
私は思わずフィアの後ろに隠れた。フィアは「ちょっと!」と唖然として言う。
「何してるの? ユリアナさんが来たのに」
「わ、分かってるわ! ちょっとどきどきして……思わず隠れたくなっただけよ」
私は赤い顔で言った。
そして、自分が母親らしく見えるだろうかとひどく気にしながら、フィアの前に出た。
自分の娘に五年か六年ぶりに再会する。
私が彼女を最後に見たのは赤ん坊のときだった。
ユリアナはずいぶんと大きくなっているように見える。でも、やっぱりまだ小さな子供だ。マルギットの後ろに隠れて、もじもじとうつむいている。私と同じような色の金髪で、たしかに顔立ちも似ているように思える。でも、うつむいているからはっきりとは分からない。
「ユリアナ。あなたのお母さまがいらっしゃったわよ」
マルギットが膝を折り、自分の後ろに隠れている小さな女の子を前に押し出した。
ユリアナはなおもマルギットの腕にしがみついて、離れようとしない。
「ユリアナさん。お母さまよ!」
フィアが私の後ろから言った。
私は緊張して声を出せなかったが、意を決して、「ユ……ユリアナ!」と叫んだ。
ユリアナは顔を上げた。名を叫んだ私をじいっと見る。
そして、「お母さま!」とかわいらしい声で叫んだ。
赤くなり、ひどく内気そうな表情をしたまま、まっしぐらに走ってくる。
「お母さま!」
ユリアナはもう一度叫んだ。
そして、まっすぐに飛び込んでいった──フィアの膝元に。
フィアはぎょっとしたようだったが、子供をはねのけたりはしなかった。身をかがめてユリアナを受け止めたあと、情けないような、申し訳ないような顔になって私を見上げてくる。
「カ、カタリナ……」
「なんであなたのほうに行くのよ! おかしいじゃない!」
私は真っ赤な顔で怒鳴った。恥さらしもいいところだ。
「ユリアナさん、お母さまはこっちの方よ!」
フィアは子供に向かって必死で言い聞かせている。
子供は怪訝そうな顔で私を見上げた。そして、おもむろに顔をしかめた。──子供のころの私そっくりに、癇癪を起こしたら手が付けられなくなるような、くしゃくしゃの顔になって、私を睨みつけた。
「お母さまじゃない……」
「お母さまよ!」
私は子供に向かって怒鳴ると、フィアの膝にしがみついている子供を無理やり引きはがし、抱え上げた。非力な私でも、それくらいの年の子供ならなんとか抱え上げられる。──でも、思った以上にすごく重い。
「お母さまじゃない!」
ユリアナはぐずりだした。フィアに向かって両手を伸ばして暴れだす。
「お母さま!」
「私がお母さまよ。……それじゃ、失礼させていただきますわ、院長!」
私は頭にきながらくるりと踵を返した。
「あ、お待ちになって……書類などが、まだ!」
マルギットが慌てたように叫ぶが、振り返らなかった。
「明日、改めてうかがいますわ!」
私は断固として言ってその部屋を出て行った。
ユリアナは私の腕のなかで大泣きしはじめた。
「シスター・マルギット! シスター・マルギット!」
「いいこと? 私があなたの母親なのよ、ユリアナ! ぐずって泣くのは許さないわ!」
私は腕のなかの娘をしかりつけた。
娘はますます大泣きして、「いや」を連呼しながら手足をばたつかせて暴れ、手が付けられなくなった。私は落とさないように抱えるのに必死になって、敷地の外に出るころにはすっかり疲労困憊してしまった。
──まったく、昔の私だって、こんなに手がかからなかったのに!
──たぶん、だけど。
2012 / 10 / 19. Posted in カタリナの独白 [編集]

カタリナの独白 14

「……だからって、どうしてわたしまで一緒に入らなくちゃいけないの? 修道院に?」
──あれから一か月以上が過ぎ。
十二月、厳寒の王都である。冬が厳しい最中で、隣に立つフィアはいささか機嫌が悪い。
私がフィアの村に手紙を出し、「お願いだからついてきて!」と頼み込んであったのが、やっと今日になって実現した。フィアは返事では「すぐに行くわ」などと汚い字で書いて寄越したというのに、今朝になってやっと同居の人に事情を話したらしく、「こんな寒い時期に遠出をするな」と叱られたようで、そのことで何か喧嘩でもしたのか、なんだか目は赤いし、最初からテンションが低かった。
「カタリナがひとりで行けばいいじゃない。ここまでついてきてあげたんだから」
『ついてきてあげた』などと、フィアは高飛車な言葉づかいを隠さない。
たしかに、ついてきてもらってはいる。聖イローナ女子修道院の門前まで来ているのだ。
しかし私も、こうなったら意地だ。
「ここまで来たのに、どうして一緒に中に入ってくれないのよ! あとちょっとじゃない」
「だって、あなたの娘を迎えに行くのよ。わたしがそこにくっついていたら、おかしいわ」
フィアの言い分にはそれなりに筋が通っているが、それでは困る。
私にはまだ、ひとりで娘に会いに行く勇気がない。
「だからって、こんな寒いところにひとりで突っ立ってるつもりなの?」
「つ、突っ立ってるわ。カタリナとユリアナさんが出てくるまで待ってるから」
「風邪ひくわよ。現に、もう鼻水が垂れてるじゃない」
「垂れてない……」
フィアはじゅるる、と鼻水をすすりあげた。
私は彼女の腕を掴んだ。
「あなたに風邪をひかせたら、私があとでなんて言われるか分からないわ! それどころか、また伯爵家が取り潰しになるかも。……とにかく、突っ張ってないで入りなさいよ!」
「……もう!」
フィアは腹を立てたように言ったが、なんとか私が言うままについて来る。その体には分厚いマントがぐるぐる巻いてあり、足には長靴を履いているから、ぱっと見ると子供のような格好だ。そして芋虫にも似ている。
私はその芋虫を引きずって聖イローナの敷地内に入った。ほどなく建物の中にも入る。
修道院には門番などいないし、修道女たちの姿も見えない。がらんとしている。
「祈りの時間なのかしら。人けがないわね」
「孤児院って、ここにあるの?」
フィアは聖イローナに入ったことがないのか、少し珍しそうな顔になってあたりを見ている。
「そうよ。聖ドロテアと違って、聖イローナの孤児院は、敷地の中にあるのよ。奥のほうだけど」
「ふうん……。でも、そのほうがいいかもね」
「私も見たことないの」
「初めて来たの?」
「そうよ」
平然として言う私に、フィアは信じられない、というような顔になった。
「どうしてもっと早く来ないの? ユリアナさんが毎日どんな気持ちであなたを待ってるか!」
「あの子は、誰か迎えに来るなんてことも知らないのよ。それに私だって、仕事を探したりだとかして、いろいろ……その、心の準備も必要だったのよ!」
伯爵家の存続が決まってからは、軍事的なことや、領地などに関する取り決めをした書類にサインをしたりだとか、お父さまや一族あてに手紙を書いたりだとかして、なんだかんだと忙しくて、ここへ来る暇もなかった。それで遅れたのだ。
「そんなことどうだっていいから、一番にここへ来るべきだったのよ!」
フィアは鼻水をすすりながら、妙に感情的になって言ってくる。私は顔をしかめた。
「分かってるわよ、そんなこと! だから、言ってるじゃないの。心の準備が必要だったって!」
「嘘よ。カタリナは、結局臆病なだけなんだわ。だからわたしについてきてって言ったんでしょ。……わたし、こんなことになるなら来なきゃよかった。もっと何か他のことで困ってるのかと思ったら、ただ『ひとりで会うのが怖いから』だなんて!」
「うるさいわね。あなただって、出がけに怒られて機嫌が悪いだけじゃないの!」
「そうよ。ヴィクターさんには怒られるし、あなたはぐずぐずしてるし……ひどい日だわ」
フィアは情けないような、怒ったような声で言っている。
「そんなに怒られたの? ちょっと王都に来るくらいのことで、いちいち過保護すぎるんじゃないの? あなたって、前にいた修道院は山奥にあったんでしょ? 冬に暖房もないような!」
「暖炉なんかなかったし、パンにはいつもカビが生えてたわ。それが普通だと思ってた」
フィアはまた鼻水をすすりながら言う。
「でも、それとこれとは別問題よ……。あの人、私に『護衛をつけろ』って言ってきかなかったの。だから、別に危ないことするわけじゃないし、ひとりで行くって言い張ったんだけど、喧嘩になっちゃって……。歩いてるだけで災難に巻き込まれるくせにとか、さんざん怒られて、悲しくなった……」
「おおげさね。いくらなんでも、歩いてるだけで災難に巻き込まれるわけないじゃないの」
私は呆れてフィアを見たが、良く考えるとこの娘は次期王妃なのだから、護衛くらいつけないと危ないのかもしれない、と思った。
もし何かあってフィアがさらわれたりしたら、本当に、私は牢に入れられ、伯爵家は取り潰しになる……。そう思うとにわかに恐ろしくなってきたので、私はしっかりとフィアの手をつかんだ。
「と、とにかく、離れないでよ! そうしてればいいんだわ。災難に巻き込まれないように!」
「痛いってば、カタリナ!」
ぶつぶつ言うフィアをまた引きずって、私は孤児院のほうへ行った。
聖イローナの孤児院は、修道院と同じような建物で、なかなか立派なものだ。
「聖ドロテアのやつより立派ね」
「う、うん……そうね」
フィアもその建物を見てほっとしたような顔をしている。
孤児院の建物に入る。
廊下を進むと、どこかから子供たちの声がしてきた。どこかの部屋の中で遊んでいるようだ。
私はそこへ行き、扉を開いた。
子供たちの声がひときわ大きくなる。
中は広い空間だ。中庭とほとんどつながっているような空間で、部屋と庭はアーチ状の柱と壁でへだてられて繋がっている。床は石畳で、その上を子供たちが元気に走り回っていた。何か、毛糸玉のような丸いものをいくつも蹴って遊んでいる。
そのうちの何人かが、誰が入ってきたのかと振り返った。
「……あっ、シスター・フィア!」
誰かが叫んだ。そしてまっしぐらに駆けつけてきた。
「シスター・フィアだ!」
「シスター・フィア!」
子供たちが口々に言って集まってくる。部屋にいた子供の半分くらいだ。たぶん聖ドロテアの孤児院にいた子供たちだろう。フィアはその孤児院で子供たちの世話をしていたから──世話をしていたというのか、されていたというのか──顔見知りなのだ。
「何を騒いでいるの? どうしたの?」
騒ぎに気付いたのか、シスター・マルギットが扉の奥から出てきた。そして、フィアに向かって「まあ……!」と叫んで絶句する。このあいだ、フィアが死んだのではないか、と深刻な顔で私に打ち明けてきた修道女だ。
「シスター・フィアではないの!」
彼女はフィアに駆け寄ってきて、その手を取ろうと両手を差し出してきた。フィアはマントを体に巻きつけて芋虫状態になっていたが、その手をゆるめ、マルギットの手を取った。
「本当に、手紙にあったとおりに、元気そうで……」
どうやらフィアはちゃんと手紙を出していたらしい。
「手紙も、本当に書くのが上達しましたね。あなたに字を教えた人間として、嬉しく思いますよ! シスター・フィア!」
つい先日、私あてに送られてきた手紙は、相変わらず汚い字だったけど、それは黙っておく。私が口出しする場面ではないようだからだ。それに、たしかに語彙は増えていたし、文章もおかしくはなかった。字が汚いだけだ。
「あ、ああ……もうシスターと呼んではいけませんね。還俗されたのですものね」
「いいえ、いいんです。シスター・マルギット。そう呼ばれると懐かしくて、嬉しいですから」
フィアは気恥ずかしそうにしながらもそんなことを言っている。
その膝には子供たちが子犬のように飛び跳ねてまとわりついている。よくわからないが、フィアはどうも、子供に好かれるタイプのようだ。私のところには全然来ないのだけれど、なぜだろう。ひとりくらい来てもいいのに……。
私はそんなことを思いながら、子供たちのなかに自分の娘がいるかどうか探していた。しかし、誰がユリアナなのか分からない。私が彼女を見たのはほんの赤ん坊のときだけだから、分からないのも無理はないけど……。
それでも母親なら分かるはずだと思い、目を皿のようにしていると、マルギットがやってきた。
「シスター・カタリナ。……あの、先日は、あんなことになって……」
マルギットは言葉を濁した。
どうやら、聖イローナでのことを言っているようだ。私の兄がここで死んだ。刺したのは院長。院長は行方不明で、兄は教会墓地に埋葬された……。
その事件はまだ私のなかに傷を残してはいる。でも、それほど暗い気持ちではないのだ。なぜか分からないけれど、私は以前よりずっと、すっきりとした気持ちでいた。
最後に真実が分かったせいかもしれない。フランツが命と引き換えにして、ようやく私に打ち明けてくれた真実。
あの言葉が、私の重荷も取り去ってくれたのだ。
実の兄との子供、禁忌の子供……。そう思って、私はユリアナを捨てた。
伯爵家にいたはずのユリアナをここへ呼び寄せたのは兄だろうが、まさか孤児院にいただなんて、知らなかった。
そのことでは、兄は何を考えていたのだろう?
自分はお尋ね者で、領地には戻れない。王都でも、外へ出れば憲兵に見つかる。そんな兄が身を寄せられるのはこの修道院しかなかった。だから、ユリアナを呼び寄せた? どうしても会いたかったから?
どうやって呼び寄せたのか分からないが、伯爵家の末娘が孤児院にいるとは、さすがに憲兵たちにも気づかれなかったのだろう。とにかく、兄はこの修道院に半年ものあいだ身を隠しながら、ユリアナを見守っていたのだ。
かたときも離れていたくなかったのだろうか。
あの人がそんなに、あの子をかわいがっていたなんて。
子供に愛情なんてないという素振りしか、前は見せなかったのに。
結局、不器用な人だったのだろう。私はいまはそう思っている。あの人が生きていたときには憎むことしかできなかったのに、いなくなってから、日増しに私の愛情は強まっている気がする。あの人のめちゃくちゃな人生を、私のなかで、まったく別の物語にすることができるような気がしている……。
いや、これこそが真実の物語だったのだ。
私はあの人のことを、何も知らなかった。本当に、何も知らなかったのだ……。
「こちらの修道院の皆さまには、ご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした」
「い、いいえ、そんなこと……! あなたの気持ちを思えば……」
マルギットは恐縮したような、申し訳なさそうな顔になっている。
「私も、こちらの運営事情には疎くて……。伯爵家のことも、先日まで存じませんでしたの。ただ、子供たちによくしていただいていたのと、孤児院のほうは何も問題がなかったので、他のことは何ひとつ心配していなかったのです。それが……」
「慈善事業は、兄が心がけていたことのひとつでした。……どんな形であれ、兄の意志がここに引き継がれていると思うと、私も感慨深い気持ちがしますわ。シスター・マルギット」
「え、ええ。本当にそうですわ。あなたのお兄さまには心から感謝しております」
「それで、突然の話なのですが……。別室をお借りしてお話しさせていただいても?」
「どのようなお話しでしょうか? 私が責任者ですから、承りますわ。……あ、子供たちを誰かに」
「わたし、ここで見ています」
フィアが言った。彼女はもう子供たちと遊び始めていた。
「ありがとう、シスター・フィア。すぐに誰かをこちらへ来させるけれど、それまでお願いするわ。ごめんなさいね」
「はい」
フィアが頷く。彼女は、自分のことではひどく危なっかしい感じがするのに、子供のこととなると、何やら頼れる存在のように見えるから不思議なものだ。私はそう思いながらマルギットのあとをついて歩いた。
2012 / 10 / 18. Posted in カタリナの独白 [編集]

カタリナの独白 13

レヴィンは執務室にいるという。
私はその扉の前にいた。衛兵が私が来たことを彼に告げる。
しばらくして中から声がした。入室の許可だ。
私はいささか緊張した面持ちでレヴィンの前に歩いて行った。
「またお会いしましたね、カタリナ嬢」
いまは同じ城の住人だというのに、レヴィンの言葉はどこか冷ややかだ。
やっぱりこの人は冷たいのだ、と私は改めて思った。私が侍女には向かないと分かったとたんに、これなのだもの。結局、利用できないと思えば、この人にとってその相手は価値のない人間になってしまうらしい。
「また来てしまいましたわ、執務補佐官」
けれど私も、図太くそう答えた。──そう、図太くなくては生きていけないから。
「お話しがありますの。折り入って」
私は息を詰めるようにして言った。背筋を伸ばし、できるだけ、伯爵令嬢の威厳を失わないようにしようと思いながら。
でも、これから切り出すことはとても伯爵令嬢にふさわしいものではない。
城の使用人にしてもらえないか?
娘と一緒に、城のどこでもいいから親子で住まわせてほしい……。
私はこれから、そう切り出さなければならないのだ。
さすがに気が重くはなる。
「ほう」
レヴィンは頷き、執務机から立ち上がった。
「ちょうどよかった、と言うべきでしょうか。……私もあなたにお話しが」
「……え?」
思いがけない返事だ。私は眉をひそめた。
「奥へ行って、そちらにかけてください」
「え、ええ……」
レヴィンに勧められるままに、暖炉の前の応接用の椅子に腰かける。
いったい何を言われるのだろう。
ついに、今日にでも城から出て行けというつもりだろうか?
「あの、仕事はまだ見つかっていないけど、でも……──」
「フランツ=ゴドセヴィーナは、あなたとは血がつながっていないというお話しでしたね」
レヴィンは突然、そんなことを言った。仕事用の、冷ややかな顔つきで。
私は面食らった。
たしかに、その話は彼にした。気が動転していたせいかもしれない。言わなくてもいいことを、つい話してしまったのだ。
誰かに聞いてほしかった。
そのことを知っているのは、この男と、フィアだけだ。
「先日、例の村で陛下と雑談する時間がありまして、その件について話し合いました」
レヴィンの言葉に私は目を見開いた。
「陛下のお考えは、こうでした。──フランツ=ゴドセヴィーナが伯爵家と関係のない人間であったのであれば、今回の一連の騒動の責任は、フランツひとりに帰すことが妥当であると」
私は思わず立ち上がりそうになった。
「違うわ、兄ひとりがしていたことでは……これは、一族がずっと前から!」
レヴィンは頷いた。分かっている、というように。
「……むろん、伯爵もワシュトリアへの銀の横流しを承知していたでしょうし、このことはあなたがご自身で認めるように、伯爵家一族が代々継続して行っていた王家への裏切りではあるのですが、その点は表ざたにしなくてよいと陛下は仰っておいででした。……伯爵家は長年ワシュトリアと領地の境界線を接するなかで、長いあいだ軍事的な緊張にさらされていたのであるから、その緊張関係を緩和させるためにワシュトリアとの裏取引に走ったのも、国境の守りを軽んじて手薄にしてきた王家に一部は責任があるのではないかと」
「……な、何を言っているのか分かりかねますわ」
私は口ごもった。レヴィンが説明したことの半分も理解できなかったからだ。
軍事的な緊張が、……なんですって?
私の頭は毛糸玉のようにこんがらがった。
「つまり、どういうことですの? それは?」
「つまり、ゴドセヴィーナ伯爵家の取り潰しの決定は、撤回されるということです」
レヴィンはおうむ返しにした。子供に言ってきかせるように。
「……取り潰しが、なしになる?」
私は信じられない気持ちで訊ねた。レヴィンは頷いた。
「ええ。……そうです。陛下は、そうなさるおつもりだと」
「そんなことが出来るの? だって……貴族会議は? 私の幽閉を決めた……」
「貴族会議へは、陛下がいずれご臨席なされて、いま私があなたにしたのと同じ説明をご自身でされると思います。上流貴族たちは、陛下のご決定に逆らいはしないでしょう。陛下ご自身が、王家の過ちを認めるというのであれば、誰もそれに異議は唱えません」
「私の一族はずっと王家を裏切ってきたというのに、それが許されるというの?」
私はレヴィンを凝視した。
レヴィンは目を細めた。
「フランツ=ゴドセヴィーナは、その一族の罪を背負って死んだのだ、ということです」
「………」
「真実がどうであるかは、このさい、どうでもいい。私も陛下も、王都を揺るがした醜聞にそろそろ決着をつけたいだけです。そして、フランツの死はその幕引きに相応しい。そう判断したのです。彼は、一族の罪を『死をもって償った』。そういうことにします。この件に関してはあなたの意見をうかがうつもりはありません。もう決まったことですから」
私は何か言おうとしたが、うまく言葉が見つからなかった。
フランツは一族の罪を背負って死んだわけではない。でも、彼がいままで背負ってきたものは、たしかに一族の業だったのではないかと思ったのだ。
ゴドセヴィーナ伯爵家から王妃を出す。その執念のために、彼は自分の人生を半分犠牲にしたようなものだ。彼はそれを、『私が遠ざかっていったから』だと言っていたけれど……。
あの人はたしかに解放されたのだ。あのとき、あらゆる重いものから解放されたのだ……。
「その彼がゴドセヴィーナ伯爵家とは血が繋がっていなかったというのは、皮肉な話ではありますがね。……ともかく、その事実は表ざたになるものではない。事実かどうかも分からないのですから。しかしもしそれが本当であるならば、あなたが伯爵家の次の当主に立つことに対して、反対する理由は何もない、ということになります。つまりあなたは無傷だということです、カタリナ嬢」
私は思わず首を振った。弱々しく。
「私が、無傷ですって?」
「あなたは銀の横流しに加担したわけではない。それを行っていたフランツ=ゴドセヴィーナは伯爵家の人間ではなかった。そういうことになれば、あなたは無傷で、伯爵家当主として立つことができるのですよ」
レヴィンは私を説得するように言う。
私は激しく首を振った。
「そんなことはないわ! 私は知っていた……ずっと前から、伯爵家が銀の横流しをしていたのを知っていたわ! それに、フランツは、血筋はどうであっても──あの人は伯爵家の一員だったわ! あの人ひとりにすべての責任を押しつけて、私が知らん顔で伯爵家を継ぐなんて、そんなことはできない!」
「……私の言い方が悪かったようなので、言いなおしましょう」
レヴィンは私がそう言うのを予見していたように、冷静に言う。
「あなたが今回の件に関わりがなかったこと、あなたが伯爵家の次期当主に立つこと。──この結末を誰より望んでいるのは、墓の下のフランツ=ゴドセヴィーナその人であろう、ということです」
「………」
私は自分の激情が冷えていくのを感じた。
そんな言い方はずるい。
フランツが、そう望んでいるはずだ、なんて。
そう言われたら、私には何も言えなくなる。
「なりふり構わず職探しをしておられたようですが、はかばかしくはなかったでしょう?」
「……なんでも知っているのね、本当に」
私は唇を歪めた。
「貴族階級の近衛騎士が教えてくれたのですよ。あなたが侍女の面接に来たとね」
「悲しいくらいに筒抜けだわ、何もかも」
「あなたと娘さんが路頭に迷うことを、フランツ=ゴドセヴィーナが望むと思いますか?」
レヴィンは私を見つめて言った。
「……望まないでしょうね」
売り言葉に買い言葉のような感じで、私はレヴィンの言葉に答えている。
実際、そうだろう。もし彼がここにいたら、私に言うだろう。「カタリナ、受けなさい」と。
「伯爵家は存続。それが、陛下の最終的なご決定です。そして、存続するからには当主が必要だ。しかしあなたの父上は、銀の横流しに直接関わっており、すでに当主たる資格を失っている。新しい当主に一番ふさわしいのはあなたであり、そして、あなた以外には誰もいません。あなたはその資格を有するただひとりの人間になったのです、カタリナ=ゴドセヴィーナ」
私は黙っていた。
ずっと、長いあいだ黙っていた。
それから、ぽつりと言った。
「……フィアが何か言ったのでしょうね? そうでなければ……国王陛下がそこまでしてくださることはなかったはずよ」
私はあの子に言った。あなたの人脈を使ってなんとかしてくれと。
そしてフィアは、そうしたのだ。同じ屋根の下にいる人に、私の窮地を救うように嘆願したに違いない。
「さあ、それは私は存じませんが」
レヴィンは肩をすくめる。
「たとえ彼女が何を言ったとしても、陛下は、ご自身で正しいと思ったことしか選択されません。そういう方ですので。もしご自身が納得なされなければ、誰からの意見であったとしても、きっぱりと退けられるでしょう」
「陛下のご決定だと信じてもいいわけね。フィアに頼まれたから、いやいやそうするのではなくて……」
レヴィンは頷いた。
「むろんですよ。あの方はご自分で決定されたことは、ご自分で責任をおとりになられますから、あなたがこれからすることに対しても、その責任を負っていかれるでしょう。あなたは陛下を後見人として得られたようなものです。これからは一層、言動に気をつけてください。そうでなければ、あなたを伯爵家当主に据えるとお決めになった国王陛下の顔に泥を塗ることになる」
「……分かりました」
私はついに頷いた。
「私は自分が無傷だとは、今も思っていませんわ。ですから、私にその立場が相応しいかどうか分かりませんけれど、ゴドセヴィーナ伯爵家の汚名を雪ぐことができるよう、精一杯、できるかぎりのことをしていきたいと思います」
私の口上をレヴィンは黙って聞いていた。
「……こんなところでよろしいかしら?」
私は沈黙に耐え兼ねて彼に訊いた。
「まあ、そんなところでしょうね。カタリナ嬢。……どうせ、あなたはそのうちに好き勝手なことを始めるとは思いますが。陛下が決められたことですから、私にはもう何も言えませんよ」
レヴィンの言葉はやっぱり的確だった。
「一応、止めはしたんですがね。あの伯爵令嬢は気が強くて、とても手におえない人だ、と」
「これからは自制しますわ。娘の手本にならないといけませんもの」
私はすまして言った。
「あなたはまだ母親の顔ではないんですがね……。せいぜい、期待していますよ」
レヴィンはまったく期待していないような顔で言った。私は彼に舌をだし、睨んでやった。
2012 / 10 / 17. Posted in カタリナの独白 [編集]

カタリナの独白 12

その晩は、私はフィアの家に泊まった。
例のお方は、それについては別に何も言わなかった。ただ、私とフィアが食事をすませたような夜遅くに戻ってきて、私が泊まるという話をフィアから聞き、「そうか」と言っただけだった。
「食事は?」
「仕事場で済ませた」
「またあなたの分が残っちゃった……」
「明日の昼に食べる。明日は休みにした」
「そうなの?」
「牛小屋の床が抜けたから、大工を呼んで修繕することになった。一日かかるらしい」
「ふうん」
そんなやりとりのあと、彼は風呂場へ行った。あらかじめ湯が沸かして用意してあったのは、フィアらしくない機転と言うか、彼女も人と暮らすようになって変わったというべきか……。
私とフィアはとうに湯あみを済ませていた。
そして、彼が入浴しているあいだに、そそくさと二人で二階へ上がった。風呂上がりに素っ裸で出てきたのとバッタリ出くわすなんてことになったら、困る。……そんなことはないと思うけど。
「どっちがあなたのベッド?」
「こっち」
「じゃ、そこに寝させてもらっていい? あなたのベッドに」
「うん」
「……国王陛下を居間の長椅子に寝させるなんて、そんなことさせていいのかしら?」
私は少し不安に思いながら訊ねた。
「それでいいって言ってたから、いいと思う」
フィアはあっけらかんとしたものだ。
真新しいシーツを敷きながら言う。
「できたわ」
言われて、私はフィアのベッドに腰掛けた。そして、さっそくのようにばたりと横になった。
「……なんだかいいにおいがする」
私は枕元に鼻を押し当てて言った。
フィアは向こうのベッドのシーツを直しながら慌てたように振り返った。
「……へ、変なことしないでくれる? カタリナ?」
「だって、するんだもの。お花みたいなにおいが」
「香水のにおいだと思うわ……。洗濯して干したあとに、村の人に貰ったのを使ってるの。いま、村で香水作るのが流行ってて……」
「優雅な暮らしをなさってるのねえ」
「村の生活は楽しいわ。みんなで誰かの誕生日をお祝いしたり、刺繍の会をやったり……」
「あなたの結婚式ももうすぐね」
「まだだいぶ先だけど」
「冬なんて、すぐに終わっちゃうわよ。いつだってそうよ」
「でも、冬も好きなの。そんなに早く終わってほしくない。やりたいこといっぱいあるの」
フィアの言葉に、私はちょっと笑った。
「結婚式が待ちきれないっていうより、もう少し先に延びてもいいのにっていう口ぶりね」
「……ちょっと、怖いのかも」
フィアは向こうのベッドに新しいシーツを敷くと、そのうえに座りながら言った。
「結婚するのが?」
「……うん。そうしたら、何か変わってしまうのかなって」
「変わらないと思うけど?」
私はうつぶせになり、枕のわきに両腕を伸ばしながらフィアを見た。
「いまだって、ほとんど夫婦にしか見えないわよ。あなたたちって」
「……そう?」
「ええ。王都の街なかに住んでるような夫婦」
「そ、それならいいけど。……よくわからないの、結婚するってどういうことなのか」
「楽しみにしてればいいじゃないの。どうせそのときは来るんだし」
「そ、そうね。カタリナの言うとおりだわ」
「私はあなたが羨ましいわ、フィア。だって、私は結婚式なんてものに縁がなかったから」
「……うん」
「結婚式まで貞節は守りなさいよ」
「……う、うん……」
フィアはものすごく口ごもりながら頷いた。私はちょっと目を細めた。
「嘘よ。……無理よね」
「え? う、うーん……」
「だって、同じ家に住んでるんだし」
「な、なんか、恥ずかしいけど。こんな話」
フィアは「やめてほしい」というようにもじもじとしている。
「いいじゃない。女同士、たまにはそういう話で盛り上がりましょうよ? ……というより、あなたとそんな話をすることになるなんて思ってもみなかったけど、私も他に話す人もいないし、そこは妥協はするわ」
「ひ、人に話すことじゃないと思うわ。こういうのは……!」
「村の女の人とも話さないの?」
「は、話さないに決まってるでしょ!」
フィアは赤い顔でまくしたてる。
「それじゃ、村の社交界に出遅れるわよ」
「そ、そんなのないわ。社交界なんて! それに、他の人だって喋ってないわ」
「あなたがいないところでワイワイ喋ってるのよ。きっとそうよ」
「嘘! こ、こういうことは人にぺらぺら言うものじゃない……と思うわ!」
フィアは相変わらず必死で力説してくる。私は苦笑した。
「もう修道女でもないのに、変にお堅いのね」
「し、修道女じゃなくなっても、ふしだらにならないようにしないといけないと思う」
「結婚前に貞節じゃなくなってるあなたが言うことじゃないと思うわ、フィア」
「………」
フィアは赤い顔で黙り込んだ。
私はそれ以上フィアをいじめるのをやめることにした。どうせ、その貞節の誓いを台無しにしたのは、男のほうに決まっているのだ。フィアが自分で「そうしてくれ」と迫るなんて、考えられない。……ありえない。
「さっき、お風呂で髪を洗いながら考えたんだけど……」
「……うん?」
フィアはようやく話が変わってほっとしたという顔だ。
「やっぱり、あなたの言うとおりかも、と思って……」
「聖イローナのこと?」
「ええ。私はやっぱり、聖イローナの院長にはなれないと思ったの。……兄が死んだあの部屋で、椅子に座って仕事をすると思ったら、ふいにぞっと心が寒くなって……。だから孤児院のほうで修道女として働かせてもらえないかと思ったのだけど、ユリアナを他の子と同じように育てるのは、私には出来ないかもしれない。……出来ないと思うの」
私が言うと、フィアは頷いた。
「あなたの娘なんだもの。特別にしたくなるのは、当たり前だと思うわ」
「ユリアナを連れて出ようと思うわ」
私はごろりと仰向けになり、おなかのところに両手を当て、天井を眺めた。睨むように。
「たぶん、あの子はまだ小さいし、戸籍上は自分が妹だということも、分からないと思うのよね。だから、今のうちに本当のことを……私が母親だと打ち明けて、大きくなったら、いつか、父親のことも話してきかせるつもり」
「うん……。わたしは、それがいいと思う」
フィアはベッドのふちに腰掛けたままうなずく。
「受け入れてくれるか分からない。……今から怖いけど。だって、いいことばかりじゃないもの。伯爵家は取り潰しになったのだし……」
「やり直せるわ。きっと」
フィアは言った。
私は首を少し動かして彼女を見た。少し疑心暗鬼の顔で。
「本当に、やり直せるかしら?」
そうだと言って欲しかった。
そして、フィアは言うだろう。
「やり直せるわ。わたしは、カタリナなら出来るって信じてる」
微笑んでそう言った彼女を、私も微笑んで見つめ返した。そして目を閉じた。


翌日の朝、王城へ戻った。またレヴィンに迎えに来てもらってだ。
「二転三転して悪いんだけど、やっぱり、侍女の件をお引き受けしたいの」
私は馬車の中で彼に言った。しかし彼は、
「あなたはいささか気紛れすぎる。却下です」
と冷ややかに言った。
私はふてくされた。
「何よ、ケチ! せっかくいろいろと考えて覚悟を決めたのに!」
「一度引き受けたものから逃げた人は、また逃げます。それでは困る」
「今度こそ本気よ! 私、生活がかかってるの。娘との生活がよ。本当にお願い」
「もう次の人選に入っていますから、無理です」
レヴィンはとりつくしまもない。
私は黙り込んだ。
「次期王妃の身近な人を侍女にしようと思いましたが、思い直しました。それでは甘くなる。教育から礼儀からきっちりと仕込んでくれる、厳しい人間を侍女に迎えようと思っています」
「王妃らしくするために?」
私はむっとしたままま訊いた。前を向いてだ。
隣に座るレヴィンは、「そうです」と言う。
私はふんっ、と鼻息を吹いた。せっかくの好条件の仕事を捨てる羽目になってしまい、悔し紛れだ。
「あの子に王妃教育なんて、本当に必要なのかしら? 頭は見違えるくらい賢くなってきてるみたいだし、侯爵家から嫁いだ母を持つ私から見ても、あの子の言動や挙措に見苦しいところはなかったわ。……まあ、焼き菓子は焦げてましたけど」
「あなたから合格がいただけるとはね」
レヴィンも呆れたように言う。私が悔し紛れに言っているのが分かっているのだろう。
「しかし、王妃とはそんな甘いものではないのですよ。少しでも粗があれば叩かれる」
「あの子は王妃よ。もう、そうだったわ」
私は窓の外を眺めて言った。心のなかでは、どうやって次の職を見つけようかと考えながら。
「ほう。……王妃でしたか」
レヴィンは意外だったのか、妙に感慨深そうに言った。
「ええ。同居してる方が、案外きっちりと仕込んでらっしゃるようね。……料理以外」
「何も仰らないから、半年は城での教育期間が必要だと思っていたんだが……。そうか。それなら、村を出るころには人前に出せるようになっているということか。だとすると外交の日程を大幅に……」
レヴィンはぶつぶつと言っている。
「……あーあ。残念。娘を抱えて、職探しに走らないといけないなんて。世の中ってせちがらいわね」
「そんなものですよ。庶民の生活は」
「庶民って言わないでよ」
「庶民でしょう。伯爵家はもうないのですから」
レヴィンは鼻で笑う。
「……そうだけど!」
私はますますムッとした。それきり、レヴィンとも話さなかった。


とは言っても、実のところ、職探しは憂鬱なものだ。
最初はどこかに侍女のような仕事がないかと思ったが、ゴドセヴィーナ伯爵家の令嬢を侍女にとろうという貴族などいなかった。最初は好意的には話を聞いてくれていても、詳しく出自を訊ねられ、仕方なく話すと、その伯爵家とは関わり合いになりたくない、とばかりに追い返された。
そんなことが何回も続いて、さすがにめげてきて、私は何を血迷ったのかクリステラ=エトヴィシュのところまで行ってしまった。しかし彼女は出てこなかった。応対したのは執事だ。
執事は申し訳なさそうに、「我が公爵家では侍女を募集はしておりません」と言う。この申し訳なさそうな態度は表向きのもので、名門貴族にありがちなものだ。後で因縁をつけられたくないからそうするのである。実のところは、早く追い返したくてたまらない。
私は侍女になるのを諦め、次は宿の掃除婦の仕事を探した。
そちらはたくさん求人があった。どこの宿にもそういう張り紙が貼ってある。
『掃除婦募集』。
もう二度としないと誓ったあの仕事に戻らねばならない。しかし、それも生きていくためだ。
私は気を取り直して面接にあたった。
最初の反応はいいのだ。
「あんたみたいな美人が働いてくれるなんて」と言われる。
しかし、「子供を抱えている」というと、とたんに嫌な顔をされた。
「仕事のあいだ、子供はどうするんだね? うちには子供を預かる場所なんかないよ!」。
というわけで、また追い返される。
住み込みで、子供も一緒に住めるところがないかと探すのだが、そんな都合のよいところはない。裕福な貴族の屋敷の使用人であればあるだろうが、そうした仕事はもう人で埋まっている。
一日中足を棒にして探して、だめで、次の日も次の日も同じようにだめなことが続き、私はとうとう挫折した。路地裏のかげに座り込んで涙を拭う。泣きたいわけではないけど、自分がみじめでどうしても涙が出てくるのだ。
これでは、娘を迎えに行くどころではない。仕事がないし、家もないのだから。
職探しのあいだは城にいていい、とレヴィンには言われているが、あの大家はケチで、
「そう長くは猶予しませんよ」
と言っている。早く出て行けということだ。
私は大教会の前の通りに出て、しばらくぼんやりしていた。
この数日間で王都じゅうを歩き回ったけれど、何も成果はない。
道端の石組みのうえにすとんと腰を下ろす。昔ならこんなところに座らないけれど、今は仕方がない。
これからどうしようかしら、と私は考えた。
どうしようもこうも、何もやる気が出てこない。仕事が見つかったら見つかったで、汲々として生活していかなければならないだろう。私はたぶん、そのことで手いっぱいになってしまう。そのうえに、手のかかる年頃に違いない、五歳か六歳の女の子が加わるのだ。
ユリアナのことはかわいい。フランツの最後の話を聞いて、私はなんとしてもあの子を守らなければならないと思った。彼の忘れ形見なのだから……。
けれど、いくら頭で考えていても、体がついていかない。
生活が苦しいのに、私はちゃんとあの子を守ってやれるのだろうか?
実際には仕事が見つからず、そのことで私はもう泣きたいような気持ちなのに。
第一、仕事のあいだ、ユリアナをひとりにするわけにはいかない。だからってあの子のお守りを頼むわけにもいかない。そんなことをしたら生活費がなくなってしまう。
裕福でなければお守りもつけられないのだ……。
私はそんなこともいままで知らなかった。いったい庶民の人たちは、本当に、どうやって生活をやりくりしているのだろう? 働いているあいだ、子供はどうするのだ? 乏しいお金で家賃なども払えるのだろうか?
私は石組みのうえで、しばらくそんなことをぼんやりと考えていた。
そして、なんとかまた立ち上がった。仕事を探す気持ちになったからではない。お腹が空いてきてしまったからだ。しかし私にはお金の持ち合わせはない。
城に戻らなくちゃ、と思った。とりあえず、あそこへ行けば昼食にはありつけるのだ。
──仕事が見つからなかったとレヴィンに言ったらどうだろう?
そうしたら、いくらあの冷血漢の人でも、私を追い出したりしないのでは?
城にいるあいだは衣食住には困らない。そこへユリアナを連れていって……。
自分がどんどん浅ましい人間になるような気がしながら、私は城への道を歩き始めた。
しかし途中で足を止める。
──『店番募集』。張り紙だ。
思わず、張りつくようにして見入ってしまう。
条件は特に書いていない。どんな店かも分からない。
私は一歩さがって店構えをよく見てみた。看板も何もない。なんだか、胡散臭いけど……。
中へ入ろうかどうか迷っていると、突然、
「シスター・カタリナ?」
と誰かに声を掛けられた。
私はぎょっとして振り向いた。
そこに立っていたのはカレンだった。まぎれもなく、彼女だった。
いつものように修道服を着ている。聖ドロテアのものだ。手には何か荷物袋を持っている。
「どうなさったの? こんなところで……」
彼女は私を驚いたように見て言った。
「べ、別に……なんでもないわ! ……失礼します」
私は慌てふためくあまりに、そんなことを言ってその場から逃げ出した。
「待って、シスター・カタリナ! ……シスター・カタリナ!」
カレンが大声で私を呼びとめようとするが、私は走り出して、それを振り切った。
私は路地裏に入って、息を整えた。もうだいぶ走ってしまったから、息が上がっていた。
──びっくりした。
カレンに会うなんて。
でも、考えてみればおかしなことではない。大教会の前の通りは、聖ドロテアの修道女たちは、たまに教会との行事の打ち合わせなどで行ったり来たりしているからだ。カレンのことだから、また炊き出しでも企画しているのかもしれない。
以前は、そんなものに関わり合いになる人の気持ちは分からなかったけど。
こうしてみると、あれのおかげで生きていける人というのも、いるに違いない……。
「みじめなものね……」
私は呟き、今度こそ、また泣きたくなった。
城に戻ろうとする足も止まってしまう。
城に戻ればたしかに私は食事にありつける。でも、ユリアナはそうではない。あの子はまだ孤児院にいる。私には、あの子をそこから出してやれるだけの財力がない……。
私はへたりこみそうになった。石畳の地面の上に。
でも、気力を振り絞って歩き続けた。
城に戻るしかない。とにかく、今はそうするしかない。
侍女でなくても、もしかしたら使用人などで雇ってくれないだろうか? ──そうだ、レヴィンに訊いてみよう。もう、プライドだのなんだのと言っている場合ではない。
私はユリアナを引き取らなければならないのだ。どうしても。
そう決めたのだから、できることはなんだってしよう。
フィアだって言ったではないか。私なら出来る──と。
2012 / 10 / 16. Posted in カタリナの独白 [編集]

カタリナの独白 11

当然というべきか、「ええ、いいわよ!」などとは言われなかったので、私はそのあと、フィアに事情を話すことにした。
フィアが知らない、ゴドセヴィーナ家の簡単な事情。銀の横流しや、伯爵家がなくなったこと。貴族会議から、私は聖イローナに幽閉されると決まりかけていたこと。──フィアの侍女になる話はしなかった。それは黙っていた。もう流れた話だし、言う必要はないだろう。
それから、兄のフランツが事故で死んだこと。
彼との関係。彼とは血がつながっていなかったこと。
彼とのあいだに娘がいること。その娘が最近、聖イローナの孤児院に預けられていたこと。
──最初は、そこまで話すつもりはなかった。
でも、話すうちに、自分でも涙がこみあげてきて、洗いざらい喋らずにはいられなくなった。
フィアも、途中から涙ぐみはじめた。
フランツの最後の言葉を話すと、しまいにはフィアのほうがひどく泣いていたほどだ。
「し……知らなかったわ! そんな悲しいことがあったなんて……」
フィアは真っ赤な目をして、子供のように泣きじゃくりながら言った。
「な、なんであなたまで、そんなに泣くのよ! もらい泣きするじゃないの!」
私も泣きながら言った。
「違うわ、わたしがもらい泣きしてるの! カタリナの!」
フィアが泣きながら言い返してくる。
「あ、そ、そう!」
私も胸をひきつらせながら言う。
ふたりして泣いていてもしょうがないので、外に顔を洗いに行くことになった。
近くに井戸があるらしい。
外は陽光があふれ、空は青く澄んで、すがすがしいような天気だった。


井戸のそばの草むらに座った。
人けのない場所だ。村には井戸がいくつかあり、ここへ来る人は少ないという。
たしかに、村からは少し離れた場所だ。
フィアの家の裏手に林があり、その林を抜けた先の、小さな広場のような場所に井戸がある。
「そういう事情なら、カタリナが聖イローナが欲しいって言ったのも、分かる気はする。……でも、欲しいって、どうするの?」
フィアは若草色の瞳で、じっと私を見る。
でも泣いたあとの熱っぽさが、まだその目には残っていた。かすかに潤んでいる。
私も草の上に座っている。そして、木立の上の空をなんとなく見上げた。
「聖イローナの院長は解任になったわ。行方も分からないし。……兄を刺し殺したんだもの、解任になるのは当然よ。でも、院長は聖イローナの新しいパトロンを探していたの。その話も、こんなことになって、みんな破談になってしまったようなの」
「そうなると、どうなるの?」
「聖イローナに資金援助をしていたのは兄よ。その資金が止まったら、修道院と孤児院の運営がたちゆかなくなる。ただでさえ、聖イローナはいろんなことに手を広げていたから──兄の方針がそうだったからだと思うけど──毎月すごくお金がかかるようになっているの。いくつか大口の寄付があったから、この半年はなんとかやっていけていたけど、それも途絶えて、もう限界なんですって。もう今月にも、修道女たちの食べるものもなくなりそうだっていう話だったわ。もちろん、孤児院のほうも」
「聖イローナには、聖ドロテアの孤児院の子供たちが行ってるから、人数も増えているものね」
フィアは頷いた。
「そうなのよ……あ、シスター・マルギットがあなたのことを話してらしたわ」
「本当? 懐かしいわ、シスター・マルギット! 孤児院では、ほんとによくしてもらったの。いつもおいしい焼き菓子を貰ったりとかして……」
「……何か違う気はするけど、いいわ。彼女、あなたが死んじゃったんだとまだ思ってるみたいよ。シスター・エミリアのいたずらのせいで」
「……えっ!」
フィアは絶句した。
「そ、そういえば、シスター・マルギットには何も挨拶してないし……。王都を出るとき」
「あなたって、なんで王都を出て行ったの?」
「あ、それは……あの、伯母さんが修道院に来たからよ。だから、伯母さんと暮らそうと思って」
「ふうん。でも、別に王都を出ることなかったと思うけど」
「う、うん……」
「何よ、水くさいわね。私は自分のことを洗いざらいあなたに話したのよ。他の誰にも話してなかったような、ものすごく私的な、言いにくいことまで! それなのに、自分はすまして黙ってるつもり? 友だちがいがない人ね」
私がちょっと気分を害して言ってやると、フィアは困っていたが、やがて、
「あの……レヴィンさん、知ってるでしょ?」
と小声で言った。
私は「ええ」と頷いた。
「あの人に言われたの」
フィアは、こんなことを言っていいのか、というように指先をまごつかせながら話す。
「なんて?」
私は身を乗り出した。
「ヴィクターさんはクリステラさんと結婚するし、私は王都にいないほうがいいって……」
「……ああ、なるほどね? 要するに、厄介払いされてしまったってわけ。みんなが、あなたはまるで夜逃げするみたいに出て行ったっていうし、私も朝起きたらあなたがいなかったから、どうしたのかとは思っていたけど」
「お金をくれて、それで……王都を出て、別のところで、伯母さんと暮らすことになったの」
「まあ! あの人も、やっぱり相当腹黒いわね。裏でそんなことをしていたなんて」
私は納得して頷いた。一年後に「あなたって、やっぱりいい人ね」と言う確率がまた下がる。
「それなのに、どうしてまた再会することになったのよ?」
「ヴィクターさんと?」
「他に誰がいるの? もちろん、そうよ」
「えっと……。あの、なんていうか……」
「もじもじしないで言いなさい、早く」
「南のほうの街にいたんだけど、あの人がそこまで来て」
「……まあ!」
私は口元に手をやった。
「そのときわたし、別の人と婚約してたんだけど……」
「……えっ、あなた、他の人とも婚約してたの!? 国王陛下と付き合いながら!?」
「ち、違うわよ。その人とは、その街で婚約したの。だけど、なんでか、その婚約者の人とヴィクターさんが槍試合をすることになって、それにヴィクターさんが勝っちゃって、それで婚約はだめになって、そしたら……えっと、盗賊にさらわれて……」
「え、なんでいきなり盗賊にさらわれるの……?」
私は唖然とした。
「話が飛んだわよ、今」
「と、飛んでないわ。槍試合のあとに、盗賊にさらわれたんだもの。その晩に」
フィアはまごまごしながら言う。私は呆れた。
「あなたって、よくよく災難に恵まれているのね」
「ヴィクターさんはわたしのこと、“疫病神”って呼んでたわ……前」
「“疫病神”って言いながらあなたと結婚を? ……やっぱりすごく変わってるわね、あの人」
私は自分の国の国王が、ますますわけのわからない人物像になっていくのを感じた。
「責任を感じてるのよ、たぶん……」
「え、こ……子供がいるの!?」
私はぎょっとしてフィアの腹を見た。しかしぺたんこだ。
「ええ!? ……ま、まだだけど! どうしてそんなこと言うの?」
フィアは慌てふためいたように言う。
「どうしてって、『責任』っていうから。子供ができた責任をとって結婚するのかと思って」
「こ、子供は、当分先よ。大教会に行って、聖母さまのお祈り札をもらってこないと、いけないから……わたし、まだ行ってないもの。だから、欲しいけど、できないと思う」
「……?」
「も、もういい? わたしの話は?」
フィアは自分の話を打ち切りたい様子だ。私はまだ聞きたいことがあったが、とりあえず頷く。
「と、とにかく、シスター・マルギットには手紙を出しておくから」
「そうね。別にそうしろとは言わないけど、したいなら、そうすれば?」
「それで……問題は、聖イローナのことだわ」
フィアはにわかに真剣な顔つきになって言った。
「そうね」
私も頷いた。フィアがその話を覚えていてよかったと思いながら。
「カタリナはどうしたいの?」
「聖イローナの院長になりたいのよ。……無理かしら?」
「どうして、院長になりたいの? 修道女になるだけじゃ、駄目なの?」
「だって、聖イローナは傾きそうなのよ。誰かが支えなきゃいけないわ」
「でも、いきなり外から来た人が『院長になる』って言ったら、聖イローナのシスターたちも、まごつくと思うの」
「……それは、もっともね」
私は驚きながら頷いた。
「最近、頭まで賢くなってきたみたいね、フィア」
「そ、そう? 読み書きとか、いろいろ勉強してるから……」
「あなたが勉強するなんて青天の霹靂だわ。修道院でも居眠りばっかりしてたのに……」
「居眠りしたくても、するとどつかれるから、できないの……」
「どつかれる……」
「最初は、ふつうに修道女として聖イローナへ行けば? 院長選は、たぶん、時間がかかると思うの。聖ドロテアのときも、院長がいなくなったあと、次の院長が決まらなくて、ずいぶん揉めたでしょ?」
「そうね。それで結局、副院長が院長代理になって……」
「あのときシスター・カレンが言ってたんだけど、教会の許可が出ないと、院長になれないんですって。それで、副院長は、すぐに院長にはならなかった……なれなかったみたい」
「シスター・カレンって、いまは副院長になってるらしいわよ」
「えっ、ほんと!?」
「副院長が院長になって、空いた副院長にシスター・カレンが昇格したみたい」
「シスター・レオノーラは? 修練長の……」
「修練長のままがいいって言ったんですって」
「ふうん、そうだったんだ! シスター・カレンなら、いい副院長になりそう」
「だったら、私だって聖イローナの院長くらいできるわ」
私は唇を尖らせた。
「カタリナは駄目よ……」
フィアは困ったような顔で言う。
「どうしてよ」
「だから、さっきも言ったじゃない! 聖イローナの修道女でもないのに、いきなり院長になっても、みんながおかしく思うって。それに、シスター・カレンだって、院長にはなれなかったと思うわ。二十代で院長になる人なんていないもの」
「私はその記録を破ってみたいのよ、フィア。最年少で院長になりたいの」
「どうしても院長じゃなきゃだめなの?」
フィアはさすがに呆れたように私を見た。
私は少し口ごもった。
──別に、どうしても、というわけではない。ただ、聖イローナが知らない人の手に渡り、自分の思うようにならないふうにされてしまうのが、いやな気がするだけだ。
あの修道院は、兄が……フランツが買ったものだ。彼はたしかに偽善者だったけど、でも、彼がやったことで救われた人も王都のどこかにはいるはずなのだ。シスター・マルギットだって、聖イローナにはよくしてもらっていると言って、満足していたのだから。
それに、孤児院には娘のユリアナがいる。
「ユリアナは、私の娘よ。……娘が孤児院にいるのよ。つらい暮らしはさせたくないわ。私は自分は母親だとは名乗りだせないけど、身内として、あの子にできるかぎりのことをしてあげたいの。院長になれば、孤児院の経営も、他人任せにせずにすむでしょう」
「それは、分かるわ」
フィアは頷いた。そして、私の手を取ってぎゅっと握った。
「でも、カタリナ……あの、気を悪くしないで聞いてほしいんだけど」
「何よ」
私はムッとしてフィアを見る。フィアはひるんだようだったが、話し続ける。
「孤児院にいる子は、その子だけじゃないでしょ。院長になるんだったら、どの子にも、平等に接しないといけないわ。でもカタリナは、院長になったとき、それが出来る? その子だけ特別扱いしないように……」
「………」
私は黙り込んだ。
正直、そのことは考えていなかった。
ユリアナのために何かしてやろうという一心だったのだ。フランツと、ユリアナのために、自分にできるかぎりのことをしようと……。
「娘に精一杯のことをしてやろうと思うのが、いけないことなの?」
私は唇を噛んで言った。フィアは首を振った。
「いけなくないわ! ……でも、それなら、他の方法だってあると思う」
「他の方法って、何よ! 娘は孤児院にいるのよ! 私に何ができるの!?」
「ユリアナさんを、孤児院から連れ出せば?」
フィアは慎重な口ぶりで私に訊ねる。
私は面食らった。考えてもみなかった。そんなこと。
「ど、どうやって連れ出すのよ」
「普通に、連れ出せばいいじゃない。だって、カタリナがお母さんなんでしょ」
「私は戸籍上は姉ということになっているのよ。ユリアナが生まれてすぐに私は領地を出て、王都に来て、聖ドロテアに入ったわ。それから五年……六年、私はあの子の顔を見ずにきたのよ。あの子がどうしてるかは、フランツが時々手紙に書いてよこしてたけど、それしか知らないのよ。それで、どうやって母親だなんて名乗るの? ……とても無理だわ!」
「でも……」
「分かるわよ、あなたの言うとおりにするのが一番いいって。でも、無理よ。私は母親だとは名乗れない。父親が誰かを説明することもできないのに。それに、その父親はもう死んだのよ。打ち明けたって誰も幸せにならないわ。それより私は、修道女として、あの修道院で、あの子が育つのを見守りたいの。そして、兄が……フランツが遺した修道院を、私が引き継ぎたいの」
フィアはしばらく黙っていた。
「……分かったわ」
ついに彼女は頷いた。深く。
「そこまで言うなら、なんとかできないか、聞いてみる」
「……そうよ。はじめから、そう言ってよ。あなたなら、たくさん人脈があるんだから」
「でも、子供は母親と一緒にいるのが一番いいと思うわ。もしユリアナさんを連れて修道院を出るつもりがあるなら、わたし、カタリナとユリアナさんのために、自分にできることならなんだってやるわ。この村には誰も住んでない空き家だってあるし」
フィアは力強く私の手を握る。
私は不覚にも少し感動した。
「あなたって……意外に、面倒見いいところがあるのね」
「わたしは孤児院で育ったの。……ご飯を食べさせてもらって、ありがたいと思ってる。でも、あそこが本当に好きなわけじゃなかった。誰かが迎えに来てくれるって、ずっと信じてた。だから、カタリナには、ユリアナさんを迎えに行ってあげてほしいと、本当は思うの……」
フィアの言葉に、私は何も言わなかった。
──そうか。フィアは、孤児だったっけ。
その事実を知ったとき、私はぐずの新入りをいじめる格好のネタが出来たと内心で喜んだ。でも、自分の娘が孤児院に入ることになるなんて、そのときの私は、思ってもいなかったのだ。伯爵家の末娘として、何不自由なく育つと思っていたのに……。
これは──あのときの、罰なのだろうか。
自分で、そう思った。
2012 / 10 / 15. Posted in カタリナの独白 [編集]

カタリナの独白 10

駆けつけてきた憲兵たちで、夜中だというのに、聖イローナ女子修道院の中は騒然となった。
前庭や中庭などに、起きだしてきた修道女たちが集まる。みな不安げな顔をして、憲兵の行動を見守っている。
私はまだ院長室の絨毯の上にぼんやりと座り込んでいた。
もう兄の遺体もどこかへ持ち去られてしまったのにだ。
「そろそろ行きましょう」
レヴィンが私に話しかける声が聞こえた。私は振り向かなかった。
「あの人を、どこに連れて行ったの……?」
私はぼんやりと訊いた。レヴィンが答える。
「フランツ=ゴドセヴィーナの遺体は、大教会の墓地に埋葬されるようです。先ほど教会の司祭から許可が下りましたので、葬儀のあとに。……葬儀は明日の午後、それまでは大教会の遺体安置室へ安置されます」
「分かったわ……」
私はよろよろと立ちあがった。けれど、またバランスを崩して倒れかける。
その腕をレヴィンが後ろから掴んだ。
「しっかりなさってください、カタリナ嬢。この修道院に入る前の勢いはどうしたのですか」
「私は愚かだったわ」
私はレヴィンを振り向いて、言った。そして、自分のあまりの愚かさにまた泣きたくなった。
「あなたの願いが叶ったんですよ。そうでしょう?」
レヴィンはしかめつらをして私に言う。
私は頷いた。けれど、その頬には涙が流れ落ちていった。
「叶ったわ。……でも、最初に思ってたのとは違うのよ。違うの……」
「どういう意味でしょうね。……とにかく、ここを出ましょう。修道院はしばらく立ち入り禁止になりますから」
「ええ……」
私はレヴィンの腕に掴まりながら、ようやく歩いた。そして院長室を出る。
「あなたって、どんなことでも知ってるんですって? 執務補佐官?」
「……城や、王家に関することならだいたいは」
まっくらな廊下を歩きながら、レヴィンは肩をすくめたようだ。その気配が腕に伝わった。
「じゃあ、私とフランツがどんな関係だったかは?」
「……さあ?」
レヴィンは淡々と言う。本心なのかどうか分からない。
「ゴドセヴィーナ伯爵家の内情については、そこまで詳しいわけではありませんね」
「なら、もうひとつ教えてあげるわ。……私とフランツは、血がつながってなかったの」
「……そうなのですか?」
今度は意外そうにレヴィンが言った。兄とは違う、冷ややかな響きを帯びた彼の声。
「伯爵家ともなると、さすがにいろいろと複雑なようですね」
「他にもあるのよ、言いたいことは」
「まだあるんですか。……もういいような気がしますが」
レヴィンはいささか食傷気味という感じで言う。私はそれを無視して続けた。
「私、やっぱりあなたのお話し、お断りすることにするわ」
「伯爵令嬢は気紛れだ」
レヴィンは今度ははっきりと肩をすくめた。
「そうよ。カタリナ=ゴドセヴィーナは気紛れなの」
私は頷いた。頬に残ったままの涙のあとに、歩くたびに廊下の夜気が当たって、冷たい。
「やはりあなたには侍女は向いていないようですね。珍しく私も見込み違いをしました」
「そうみたい。……それに、フィアの近くにいたら、あの子が四六時中たれながす“幸せ話”を聞いてなくちゃいけないでしょ。私、そのうちに頭が爆発しそうになるかもしれないから」
「そうですね」
「でも、もう一度フィアに会うつもり。……近いうちに機会を設けてくださらない?」
「今度はお願いですか? 私には、あなたのわがままに付き合う義理などないのですが?」
「せっかくお友達になったのだから、聞いてくださってもいいじゃありませんの」
私はすまして言う。自分が涙声なのを隠すように、明るく。
「お友達になったつもりはありませんが……?」
レヴィンはいささかげんなりしたように言った。
私はその彼の肩に、疲れたように、そっと頭を預けた。


それから一か月後だった。私がフィアの家に行くことができたのは。
レヴィンの予定が空かなかったから、それだけ時間がかかったのだ。でも、おかげで私もずいぶんと気持ちの整理がついた。
季節は十一月になっている。本格的に寒くなってきた。
彼女の家は前と変わらなかった。あのこじんまりとした村の奥にあるままだ。
村までレヴィンに送ってもらい、そこからはひとりで歩いて行った。レヴィンは別の場所に用事があるからと行って、途中で別れた。
木製の扉を叩く。
フィアが出てきて、また喜んで中に入れてくれた。
今日は居間の暖炉には火が入っている。
室内は十分に暖かい。
私は厚手のマントを脱ぎながら訊ねた。
「あの人は?」
「仕事に行ってる」
フィアはマントを受け取り、壁に突き出している木製の器具にそれをかけた。慣れた仕草で。
「あ、お城に?」
「ううん、牛小屋」
「……は?」
私は目を点にした。──なんで国王が牛小屋に?
そういえば以前も、レヴィンが牛小屋がどうとか、言っていたけど……。
「牛でも飼いはじめたの?」
「うん」
「……え?」
「牛飼いだから」
フィアは真面目な顔をして言う。
「………」
私はなんといっていいか分からず、これも、フィアなりの何かの冗談なのだろうと思うことにした。きっと国王は、もう仕事をするのが嫌になってこの村にこもっているのだが、何もしないのも暇だと思い、話の種に牛でも飼って時間を潰しているのだろう。金持ちの道楽みたいなものだ。
「そ、そう……。とにかく、それはいいわ。私はあなたと話したくて来たんだし」
「嬉しいわ。カタリナが何回もわたしを訪ねてきてくれるなんて」
フィアは単純に喜んでいる。
しばらくすると、茶やら、焼き菓子やらをそそくさと運んできてくれた。
私は椅子に座っていた。目の前のテーブルに置かれるそれらをまじまじと見る。
「なんだか……焦げてない?」
「う、ううん、大丈夫。食べられるわ!」
フィアは自信たっぷりに言い切るように言ったが、その顔はやはりばつが悪そうだ。
「もしかして、遠まわしに『帰れ』って言われてる? 焦げた菓子を出されるなんて?」
「違うわ! こ、これが一番焦げてないやつなの! 焦げてるのはみんな自分で食べたもの。それに、味は大丈夫なの! ちょっとはちみつを塗ったら焦げちゃっただけ!」
フィアは必死で言う。
フィアが言うのなら、それは本当なのだろう。焦げたものは自分で食べたのだろう。と私は思い、しかたなく、「ありがたく、受け取っておくわ。気持ちだけ」と言った。そして焼き菓子の鉢を指先で遠くに押しやった。
フィアはショックを受けたような顔をしたが、私はそれを無視した。
「それで、さっそくだけど……あなたに相談があるのよ、フィア」
「相談って?」
フィアは驚いたように目を丸くしたあと、私に向き直る。
細い膝をそろえて、さりげなくスカートの裾まで指先で直したその手つきは、どきりとするほど優雅で女らしかった。無意識にやっているのだろう。わざとらしさもない。
改めてその顔を見れば、以前よりずっときれいになっていた。
私はどうしてこのあいだ気づかなかったのだろうとびっくりして目を瞬いた。
顔立ちがすごく美人というわけではもちろんないのだが、顔の雰囲気がいっそう明るくなり、栄養状態もいいらしく血色もいいので、頬が薔薇色に染まっているのだ。それに、仕草のひとつひとつが柔和になっていて、女というものは、やはり男ができると見違えるようになるのだ、と思わされてしまった。──たとえ、あの貧相だったフィアであっても!
「あなたって……かわいく、なったわね……なんだか」
「えっ」
フィアはぎょっとしたような顔になった。
「ずいぶん女らしくなったじゃない。……羨ましいわ。私、あんまり女らしくはないから」
「そ、相談って……そのこと……?」
「は!? ち、違うわよ!! お、思い上がらないで! 私のほうが美人よ!」
私は焦るあまり、支離滅裂なことを叫んでしまった。そして恥ずかしくなった。
「別にあなたに、女らしくなる方法を聞きに来たわけじゃないわよ! 誤解しないで!」
「わ、分かってるわ、カタリナ! いきなり変なこと言うから、びっくりしただけよ!」
フィアのほうも慌てたように言う。
お互いに妙な具合に慌てたあと、息を整えるために茶を飲んだ。ふたりとも。
「……それで、相談なんだけど」
「う、うん」
フィアも、今度はまじめに聞こうと、私のほうに少し身を乗り出す。
「いきなりこんなこと言って、驚くかもしれないけど」
私は咳払いして、切り出した。
「うん?」
「聖イローナ女子修道院、知ってるでしょう?」
「うん。知ってるわ、もちろん」
「あそこが、欲しいの。……なんとかならない? あなたの力で」
私は真面目な顔でフィアを見た。
フィアは「えっ」と呟くと、それきり、絶句してしまった。
2012 / 10 / 14. Posted in カタリナの独白 [編集]

カタリナの独白 9

──真夜中の修道院。
私はどこにも鍵がかかってないのをいいことに、院長室にまっすぐに向かった。人けのない修道院は昼間よりもさらに静まり返っていて、静かだった。そして、まっくらだった。
院長室の場所は分かっている。
だからまっすぐにここへ来た。
扉の下からうっすらと明かりが漏れているのを見たとき、私の確信はたしかなものになった。
あの院長がこんな時間まで仕事をするはずがない……。誰かいるのだ!
扉にそっと足音を忍ばせて近寄り、耳を当てる。
そして、中から人の声のようなものが聞こえるのをたしかめた。
すると、かっと頭が熱くなるような気がした。フランツが今まで私にしたことの数々を思い出さずにいられなかった。あのおぞましい行為がこの瞬間にも、この部屋のなかで行われているかもしれないと思うと、鳥肌が立った。
──神よ! どうか私をお守りください。悪魔の手から!
私は敬虔な修道女のように祈った。
そして、勢いよく扉の取っ手を掴み、それを押し広げた。
「誰です──」
院長は再び私が現れたのを見て、ぎょっとしたような顔になった。
「カ……カタリナさま!?」
執務机に向かう椅子から激しく立ち上がる。その机のうえには一本の蝋燭があかあかと燃えて、炎を揺らしていた。
私の目は、けれど院長には向かなかった。私の目が向いているのは、執務机のかたわらに置かれたひとりがけの椅子だった。窓に向けられたその椅子には誰かが座っていた。こちらに背を向けて。
うなだれるように背を丸め、両手で頭を抱え込んでいる男。
その髪はぼさぼさに伸びている。
私は息をのんだ。そしてその椅子に足早に近づいた。
「フランツ」
私は男の肩を揺すった。男は顔を上げなかった。
「兄さん!」
私は怒鳴った。ようやくのように男は顔を上げ、肩ごしに私を振り返った。少しだけ。
「何をしに来た」
フランツ──兄の声はひどくしわがれて聞こえた。
「私の目の前から失せろ、カタリナ……」
「その方に触れないでください、カタリナさま」
院長がいつのまにか私の横に来ていて、その手で私の腕をつかんでいた。
「この方を王家に売り渡したのは、あなた。そんな汚らしい手で、触れないでください!」
院長の顔を見る。必死の顔だった。
好いている男を守る、女の顔だった。私よりずっと年上なのに。
私は苛立った。こんなことが今までもなかったわけではない。兄のまわりにはいつもうっすらと女の影がちらついていた。ひとつやふたつの影ではない。いくつもの不気味な影だ。
私は兄にとっては特別な人間だった。そう思っていたから昔は気にしなかったけれど、知らないわけではなかった。この人はいつもこうなのだ。どこの誰ともしれない女に頼られ、あるいは助けられ、守られていた。
どこがいいの、この人の?
自分のことも棚に上げて、私は院長にそう言って詰め寄りそうになった。
「兄さん。あなたは追われる身よ。ここにいてもじきに捕まるわ。……自首して。そうすれば首をはねられずにすむかもしれない」
なんの確信もないまま私は言った。
「死んだって構わない」
兄は自嘲的に笑った。
「私にはもう何もない」
その投げやりな言い方に、また私はカッとなった。
「そんなことを言っていて何になるの? ──死んだって構わないというなら、そうなさったらいかが? ……どうせできないくせに!」
兄はゆらりと立ち上がった。
そして私にゆっくりと向き直った。
落ちくぼんだ暗い目。げっそりとこけた頬。いつもきれいにしてあった頬には無精ひげが生えている。いつも憎たらしいほど自信満々にしている姿しか見たことのなかった私にとって、それは見たこともない兄だった。
私は不覚にも心を揺らした。
──かわいそうな人。そう思ってしまったのだ。
駄目だ、この人に同情するわけにはいかない。外には近衛騎士と執務補佐官が待っている。彼らはもう、憲兵を呼んでいるかもしれないのだ。この修道院が取り囲まれている可能性だってある。私は首を振る。
「もう逃げ場はないわ。ここは目をつけられている。……私はたしかに、あなたを売ったわ。軽蔑するなら、すればいい。でも、私にも言い分はある。何も知らなかった私の人生を、あなたは土足で踏みにじったのよ。それも、自分の野望のためだけに!!」
私は興奮していた。だから涙が流れるのだ。自分にそう言い聞かせる。
これは理不尽な運命に対する怒りだ。同情ではない。悲しみなどでは、もっとない。
「私の人生はあなたのせいでめちゃくちゃになったわ! 普通の恋も、結婚も、あなたのせいで出来なくなった。その責任をあなたは取るのよ、今! 私があなたを売り渡すのはそのためよ。王家のことも、伯爵家のことも、私にはどうだっていい。ただ、私は許せないだけ。自分の目的を果たすために、私を利用し、『愛してる』と偽りの言葉を囁いたあなたが死ぬほど憎いだけよ!!」
兄は私をじっと見つめていた。骸骨のような暗い顔で。
「おまえを王妃にしようとしたのは」
やがて、彼は薄い、血の気のない唇を開いた。
「おまえが私をそうして憎み、離れていくのを感じたからだ。──私なりの復讐だった」
「……な、何を言ってるの」
私は身震いした。後ずさる。
「変なことを言い出さないで。まるで、私のせいで──」
「私はおまえと結婚することはできない。腹違いとはいえ、兄だからだ。だが……おまえを愛していた。しかし結婚できない以上、いつかおまえが離れていくのも分かっていた。つなぎとめる手段はわずかしかない。……私は悩み続けたよ、カタリナ。そして、その私の心の隙間に悪魔がとりついたのだ。その悪魔はこう囁いた……どうしても手に入らないなら、別の手段で支配するしかないのだ、と……」
「やめて」
私は耳を塞ごうとした。
「国王には好いた娘がいるという。その娘がいるかぎり、おまえが王妃になっても、おまえは心から愛されることはないだろうと私は考えた。おまえはその寂しさを埋めようとして、自分から私のところへ戻ってくるかもしれないと、そう考えた」
「う、嘘よ! でたらめよ! 今さらになってそんな言い訳をするの? 卑怯だわ!」
私は金切り声で叫んだ。
「あ、あなたのくだらない野望のためでしょう。ゴドセヴィーナ一族から王妃を出す……それがあなたの悲願だったはずよ!」
「おまえを愛していた。誰よりも」
彼は絶望的な目で私を見つめていた。
「おまえと結ばれたかったのは私だ。国王ではない。……だが、それは叶わない。叶わないものを、思い続けていても仕方がない。私は自分の運命を受け入れるしかなかった。だが、おまえがどこへ行こうとも、おまえを本当に手放すつもりなどなかった。おまえを誰より愛しているのは私だからだ。他には誰もいない」
彼の震える手が私の頬にあてられた。ぞっとするほど冷たい手だった。
「私はあなたを愛してなんか、いない……」
「分かっている。おまえはユリアナも捨てた。私とおまえの子であるユリアナさえも」
「な、何を言うの。ユリアナは私の娘じゃない。お……お母さまの娘よ! 私たちの妹よ、そうでしょ! あなたは……頭がおかしくなったのだわ、フランツ!」
私は激して叫んだ。
「おまえが生んだ娘だ」
彼はかたくなに繰り返す。
「しかし、それもおまえの中ではなかったことになったのだな」
「私に娘などいない。……いない! 私はひとりよ、私の人生には私以外、誰もいないわ!」
私は目をつぶって叫び散らし、やみくもな力で兄の手を振り払って叫んだ。
兄が目を見開く。その唇がだらしなく半開きになる。
何かを言おうとして、言えない、というようなふうだった。
私は嫌悪のあまり身震いしながら身を引いた。
しかし、そのときにはっと気がついた。少し離れたところにある書棚の前に立っていて、茫然とことの成り行きを見守っていただけだった院長が、いつのまにか兄の傍らに来て、その体を支えるようにしていたのを。
そして、その手に、何かナイフの柄のようなものが握られているのを。
「い、院長……あなた……?」
「あなたがいけないのです!」
院長は涙声で叫んだ。兄に向かって。
「わたくしを愛してると仰ったのは嘘だったのですか! これほど長く一緒にいたというのに! 何もかも嘘だったのですか、フランツさま! あなたという方は!」
院長の叫び声のあいだも、兄は微動だにせず、ひたと私の顔を見つめていた。何かを瞼に刻み付けておこうとでもするように。
その半開きの唇から血のようなものが垂れさがり、やがてそれは音を立てて溢れだした。
苦しげにせき込みながら兄がその場に崩れ落ちる。私は茫然と突っ立っていた。
院長はその場から身をひるがえした。
扉が背後で激しい音を立てて開き、足音が駆けさっていくのが聞こえた。
私はその場に力なくひざまずいた。
「に、兄さん……」
気づけば、私は兄の手を取っていた。冷たい、死人のような手を。
兄は私の手を握り返した。強い力だった。
「愛して、いる……カタリ、ナ」
「フランツ……フランツ!」
私は泣きながら彼の体の上に自分の体を伏せた。この人のために泣く理由などなかったはずなのに。涙一滴、もう、この人のためには流すまいと決めたばかりだったのに。
「ひどいわ。今さらそんなことを言うなんて! どうして……どうしてなの。どうして」
「ユリアナ、は、ここに……いる」
彼は伏した私の耳元で言った。そしていっそう強い手で私の手を握りしめた。渾身の力で。
「おまえの娘だ。おまえと、私の……それだけは」
「分かってるわ、フランツ。分かってるわ……!」
私は彼の体の上で、泣きながら頷いた。
「苦しかったの。自分は神に背いているのだと考え続けるのが、苦しくて……耐えられなかったの。そうよ、私はあなたから逃げた。だからあなたは私に復讐しようとしたのね。分かったわ、フランツ。あなたが何をしようとしていたのか……やっと分かったわ!」
「そう、だ」
彼はもう片方の手で私の背中を抱きしめた。絨毯の上に倒れたままの恰好で。
「私は……父上の、息子、ではない」
息も絶え絶えに呟かれた言葉に、私は凍りついた。
わずかに身を起こす。私の体のせいで蝋燭の炎が届かず、彼の顔は影になって見えない。
「私の父、は、母の生家の、使用人だった男、だと……。病床の母が、死ぬ前、私にそう、言った。私が七つのとき、だ。父も、そのことは知らない、と……。本当なのかどうか、私には、分からなかっ……た。母はほどなく亡くなった。私は伯爵家の長男として、育てられ、た……そして父が迎えた後妻が、おまえを、産んだ」
私の体は激しく震えていた。何か言おうとするが、言えない。ただ涙だけが流れた。
「おまえが私を憎んだのも、しかたが、ない……。もっと早く……言おうと。いつも……だが、使用人の子だと、おまえに知られるのが、こわかっ……た。私には、打ち明ける、勇気が……」
兄の声が焦点を失い始めるのを感じた。
「すまな、い……カタリ……ナ」
「フランツ……」
私はかすれ声で言った。
「フランツ! フランツ……!」
溢れる涙で、視界がかすむ。
悔しさで、彼の胸をこぶしで叩く。けれど、その手には力は入らない。
そのまま、私は崩れるように彼の体の上に倒れこんでしまった。
まだ温かいのに。この体は、まだ温かいのに……。
耳元に聞こえていた彼の呼吸が少しずつ小さくなる。
それが途切れるまで、私はそこから動かなかった。動けなかったのだ。
自分の初めての、そして最後の恋が、こんな形で終わりを迎えることになるなんて、思いもしなかった。
神さまはなんて──残酷なのだろう?
私はただ、泣き続けた。声もなく。
2012 / 10 / 13. Posted in カタリナの独白 [編集]

カタリナの独白 8

「……それで、また俺が駆り出される羽目になったってわけですか?」
事情を聞いた近衛騎士のべリス=ゲティミナスは、うんざりしたようにくせ毛の頭を片手で掻いた。がりがりと。
「いい加減にしてくださいよ、執務補佐官! 俺はあなたの使用人じゃないんですから!」
「王家に逆らった者を捕えるのが、近衛騎士の仕事だろう。嫌だとは言わせんぞ」
レヴィンはベリスに対して腕組みまでし、高圧的な物言いをしている。
「かーっ! こんな時間に人をたたき起こして、『いやだとは言わせんぞ!』」
ベリスは寝巻のままで地団駄を踏んだ。
──ここは彼の家だ。夜中に城を抜け出した私とレヴィンは、馬車を走らせてここへ来た。私はどこへ行くのだろうと思っていたが、レヴィンが扉を叩くと、しばらくして中からすごい顔をして出てきたのがベリスだった。
すごい顔というのは、こんな時間に誰だというような、噛みつかんばかりの顔のことだ。しかし相手がレヴィンだと知った瞬間、その顔からは血の気が引いていた。
そしてここは彼の家の中だ。居間のような場所である。
私は椅子のひとつにちょこんと腰をおろして彼らのやり取りを見守りながら、そういえばこの二人って、前も一緒に行動していたっけ、と思い出していた。あのときは勝手に兄の家を家探しされたあげくに、私は殴って気絶までさせられて──レヴィンに──ひどい目にあったけれど。
思えば、兄が銀の横流しをしていたのが明らかになったのは、あの家探しのせいなのだ。
そう思うとさすがに少し複雑な気分にはなる。
「頼みごとならサムエルにしてもらえませんかねえ? あいつはあなたの腰ぎんちゃくって呼ばれてるんだから! 使い勝手もあっちのほうがいいでしょうに!」
「彼は例の村の馬小屋にいる。呼べば半日かかるではないか。だから妥協しているのだ」
「……あーくそっ、そうだった!」
ベリスはまた頭を掻きむしった。
「俺だって、昨日馬小屋勤務から解放されたばっかりなんですよ! やっと休暇がもらえて王都に戻ってきたってのに! なんだってまた仕事に駆り出されないといけないんですか!」
「給金なら私が自腹で出してやる。ごちゃごちゃ言うな」
「……どうせはした金でしょ! ぺっ」
ベリスは唇をとがらせてレヴィンを見た。騙されない、という顔だ。
「いい夢を見てたところをたたき起こされて、銀貨の一枚や二枚じゃやってられませんよ!」
「金貨三枚」
「……やりま、す」
ベリスはうなだれて簡単に折れた。見ている私のほうがびっくりした。
「このところ、賭けの負けが混んでるんで……」
ベリスはぶつぶつ言った。レヴィンは頷く。
「知っている。借金が金貨で二十枚分だそうだな」
「げ……なんで金額まで」
ベリスはひくひくと顔をひきつらせている。この男も表情がはっきりしていて面白い。
「どんな些細なことであろうと、私の耳に入らないことなどないのだよ、ベリス卿」
レヴィンは勝ち誇ったようににやりと言った。
私はその横顔をまじまじと見つめてしまった。
……いい人だと思ったけど、一年後には誰も言わなくなるって、こういうこと?
なんでも知っているなんて不気味すぎる!
私は彼の横でひそかに身震いをした。そして一歩さがって彼から離れた。
「……んで? どうすりゃいいんです? 結局!」
「フランツ=ゴドセヴィーナが聖イローナにひそんでいるとして、出せと言っても院長は応じないだろう。その院長が匿っている可能性が高いのだからな。他の修道女も知らない可能性がある」
「もう憲兵が隅々まで捜索したんでしょ? 本当にそこにいるんですか?」
「カタリナ嬢の勘だ」
「ふうん……」
ベリスは私をじろりと見た。ぶしつけな視線の男だ。
「でも、こう言ったら気分を害するかもしれませんが、そこのお嬢さんはゴドセヴィーナ家の女ですよ。兄貴を売るようなことをするなんて、考えられませんね。なんか騙されてるんじゃないですか?」
「私はもうあの人とは関係ないの。赤の他人よ」
私はたしかに気分を害しながら言った。
「兄を売るのかと言われても、私は自分の考えを引っ込めるつもりはないわ。兄はあの修道院にいる。絶対にそうよ。だから早く捕まえて!」
ベリスを睨みつける。
「恐いですねえ、女ってのは……」
ベリスはおどけたように肩をすくめた。
「破滅した男は、簡単に見捨てられるってわけだ。血のつながった兄妹でも」
「与太話はいい。なんとしてもフランツ=ゴドセヴィーナは捕えなければならん。それは陛下のご命令でもある」
「自分の命令も忘れちゃってますよ、どうせ。シスター・フィアと楽しくやってるんだし」
「そのシスター・フィアの身に危害を加えようとしたのがフランツだぞ。逃がしたらまた同じことを企むかもしれぬだろう」
「まあ、それはそうですが……」
ベリスは渋い顔で頭を掻いている。
「明日じゃ駄目なんですか? ……眠くてしょうがないんですが」
「明日なら金貨一枚だ」
レヴィンはそっけない。
「……へえへえ! やりますよ、やればいいんでしょうが! 俺がこんな夜中にも起きだして陛下のために働いたってことを、ちゃんとあの人に言っておいてくださいよ、執務補佐官!」
ベリスはついに諦めたようだ。外で顔を洗ってくると言って家を出て行く。
「ねえ、執務補佐官」
私はレヴィンに声をかけた。彼は私を見た。
「本当にあの人、仕事できるの?」
「その質問は二度目ですよ、カタリナ嬢」
レヴィンは淡々と答える。私は苦々しくため息をついた。
「……それならいいけど!」


「自分の女を修道院長にねえ……。あなたの兄上もなかなかやりますね」
ベリスは馬車の中でそんなことを言う。
彼はすっかり目が覚めた顔をしている。腰に剣をさし、服装もきちんとなっている。きちんと、といっても、少し着くずれた着こなし方ではあるけれど。見苦しいというほどではない。
「それは私の推測だけど。たぶんそうだわ。まったく、おとなしそうな顔をしてとんでもない人よ!」
私は苦々しい顔つきで言った。その顔をベリスはしげしげと、不思議そうに見た。
「兄貴の女に、そんなに腹が立つんですか? カタリナ嬢?」
「……え?」
私はあまりにも自分の考えに没頭していたから、急にそんなことを言われても、何を言われているのか分からなかった。けれどそのうちに、何か心の中を言い当てられたような気がして、急に気まずくなってくる。
「……別に。ただ、院長になって修道院を乗っ取るつもりだなんて言われて、腹が立ってるだけよ。あんな侮辱を受けたことはないわ」
「あなたに修道院の中をうろつかれたくなかったのでしょう。それに、あなたには院長になる権利はあった。聖イローナは、書類上はまだゴドセヴィーナ伯爵家のものですからね。近いうちにその所有権は書き換えられることになるでしょうが……」
レヴィンはいったん言葉を切り、続ける。
「まあ、あなたをなかば幽閉するために院長に据える──王家の指示で──という発想も、ありえないものではありませんね。要するにその院長は、自分は院長に相応しい人間ではないということをどこかで分かっているのではないですか。だからそれほどおびえたのでしょう」
レヴィンの分析は合理的なものだった。それを聞いているうちに私もほっとしてきた。
「そ、そうね。あなたの言うとおりだと思うわ……」
「フランツ=ゴドセヴィーナを匿うということは、まだ縁が切れていないということでしょうし」
「………」
私はそれには何も言えなかった。
たしかに、そうだろう。あの院長はまだ兄と繋がっているのだ。だから匿う。
「まあ、彼が本当にそこにいるならの話ですが……」
「いるわよ」
私は断言した。
「あのときの院長の取り乱しようは、明らかにおかしかったわ。私が院長になりたがっている、なんて支離滅裂なことを言っていたけど、本当のところは、兄をかくまっていたから、早く出て行ってもらいたかったんじゃないかと思うのよ」
「……院長室、だったかもしれないな。案外……」
レヴィンがぽつりとつぶやいた。その言葉は私をぎょっとさせた。
「え? な、なんですって?」
「そのとき、院長室にフランツがいた。あなたが突然扉の前まで来たので、とっさにどこかに彼を隠した。それで、それほど取り乱した……。そうでなければ、もう少し落ち着いた対応ができたはずでは?」
私は落雷に打たれたような気持ちになった。
──あのとき、あそこにフランツがいた?
あの時の言葉をすべて兄に聞かれていた?
罪びとで、裁かれるべきだと言ったのを?
私は顔から血の気が引くのを感じた。吐き気がして、口元に思わず手をやる。
「……大丈夫ですか? カタリナ嬢」
レヴィンが眉をひそめて私を見た。
「大丈夫よ」
私は言ったが、全然大丈夫ではなかった。
私は取り乱していた。今度は私のほうが。
──何をしているのよ、カタリナ? あなたは何も嘘なんかついていないじゃない。あのときの言葉はみんな本当のはずよ。だったら、それを今さら聞かれたからって、何を取り乱す必要があるの?
頭ではそう思うのだが、それとは別に、体のほうが勝手に冷や汗をかきはじめている。
「わ、私、修道院の中には入れそうにないわ……」
かろうじて私は言った。心臓が不吉に鳴っている。
「それは駄目ですね。あなたにも来ていただかないと」
レヴィンは冷たく言った。私には冷たく聞こえた。
「どうしてよ! わ……私を、兄に会わせるわけ!? そして、『あなたを売ったのは妹のカタリナです』とでも言うつもりなの?」
「そうではない。フランツ=ゴドセヴィーナをおびき出すためには、あなたをおとりにするのが一番いいからです」
「おとり……?」
「昼と同じように、あなたは修道院の門をたたき、院長へ面会を申し込む。院長が出てきたら、あなたは『兄を出すように』と院長に詰め寄る。院長はまた必死でごまかすでしょう。あなたは諦めて帰るふりをする。なんなら、『明日は憲兵と一緒に来る』とでも言えばいい。そうすれば院長は、あなたの兄のところへすぐさま走り、ここから逃げるように言うでしょう。そうすればフランツは敷地の外へ出てくるはずです」
どうです? というようにレヴィンが私の顔を見る。月明かりが彼の顔を照らしている。
私は涼しげな表情に見えるその顔を、唇をふるわせながら眺めていた。
「そりゃ、なかなかいい作戦ですね、執務補佐官。少なくとも、俺が女装して修道院に忍び込む……とかより百倍いいな。そうしろって言われそうで内心戦々恐々としてたんですが」
ベリスはレヴィンの作戦をのんきに賞賛している。
「私だけ修道院に入って、あなたたちは外で待ち構えているだけなの?」
私は震える唇で息も絶え絶えに言った。
「それでも男?」
「女子修道院には、男は入れませんよ。普通は」
レヴィンは肩をすくめてみせる。私はその顔を憎たらしく思い、思わず睨みつけてしまった。
2012 / 10 / 12. Posted in カタリナの独白 [編集]

カタリナの独白 7

私は自分の部屋の扉に手をかけた。
「では、お休みなさい」
レヴィンは私に、一本のろうそくの明かりを手渡しながら、微笑んで言った。
私も彼に微笑み返した。そして、ろうそくの台の取っ手を指に絡めて受け取る。
「お休みなさい、執務補佐官」
歩き出したレヴィンの背中を、私はしばらく見送っていた。
「……ねえ?」
私はふいに彼を呼びとめた。薄暗い廊下で、彼が振り返る。
ろうそくの明かりは私の足元だけを照らしている。部屋に明りをともすために、ここへ来る途中で彼が持ってきてくれたもの。その光。
「あなたって、結構いい人ね」
「……その台詞は一年後に聞きたいものですね。一年後には、誰もそう言ってくれなくなりますから」
彼の淡々とした声が聞こえてくる。顔はぼんやりとしか見えない。
「じゃあ、一年後に言うわ。長い付き合いになりそうだし。……覚えていたらね」
「そう願いたいものです」
レヴィンはそう言って立ち去った。
私はくすっと笑って、部屋の扉を開けた。
ろうそくの台を、テーブルの上に置く。別のろうそくにその火を移して、別の明かりを灯した。それでようやく、室内が全部見えるようになる。
それなりに広い、きれいな部屋だ。ベッドも大きい。
窓の鎧戸を開ける。月夜が見えた。
私はそこに腰を下ろした。窓のすぐ下に立派な椅子があるのだ。
月を眺めていると感傷的な気分になった。少し前は、伯爵家が潰れて、自分が王城の一室にいるなんて、そんなことは想像もしなかった。
──それに、あのフィアの侍女になるなんて!
私は苦笑いをした。フィアも、この話を聞いたら仰天するに違いない。そして言うだろう。
「シスター・カタリナ、ほ、本当にいいの? それで?」──と。
それでいいの、と私は心のなかで呟く。
今になってみると、不思議と、昔から知っていたような気がする娘だ。
何か不思議な縁があるのだろう。だから、こういうことになったのだ。
私は窓枠に肘を乗せて、しばらくぼんやりしていた。
ふいに、またあの院長のことを思い出した。

──『帰ってください』。

あの、思い詰めたような暗い声。
いやだいやだ、と私は身震いした。あんな陰気な人のこと、思い出したくない。
けれど、そのことが頭の中から離れなかった。
院長の言葉の数々が、まるで耳元で言われているようによみがえってきた。
私はいらいらして立ち上がった。部屋の中を歩き回る。
そうして、どれくらい歩き回ったときだろうか。
私はふいに足を止めた。何かがひらめいた気がした。
「……そうよ。そうだわ。どうして気がつかなかったの?」
私は呟いた。自分の胸の中に生まれた確信を見つめながら。
「だから……あの人、あんなことを言ったんだわ!」
私はまた身震いした。
自分の想像が恐ろしかった。でも、それは間違っていないだろうという気がする。
女の勘、と言えばいいだろうか。
それはつまり、こういうものだった。
あの院長は、兄と何かの付き合いがあったのだ。何か……それは、深い付き合いだったに決まっている! だから、修道女でもないあの女が、突然聖イローナ女子修道院の院長に抜擢されたのだ。
兄の女だから。
兄の言うなりになる女だから!
その女の管理する修道院へ、兄は私を移そうとしていたのだ。
今さらのようにぞっとした。
あの人は私に愛の言葉をささやきながら、その一方で、あの女にも同じようにしていたのだ。
そのことを、あの女も知っていたに違いない。だから、私を見るやいなや、あんなふうに攻撃的な態度に出たのだ。もともとはそういう性格の持ち主ではないだろうに、必死で、私を目の前から追い払おうとしたのだ! ただ必死で!
私は戦慄した。何か、背中に冷たいものが駆け抜けた気がした。
私は居ても立ってもいられなくなり、部屋を飛び出した。
そして、まっくらな城の廊下を走りに走った。
「執務補佐官! ──執務補佐官!」
私は叫んだ。城の廊下は長く伸びて、いくら走っても先が見えない気がした。
「執務補佐官、いないの!? ──レヴィン=アーミス。レヴィン=アーミス!!」
私は何かに追い立てられるような恐怖を感じながら怒鳴った。
けれど、城の廊下はしんと不気味に静まり返るばかりだ。私は叫びながらついに、突き当たりまで走りきってしまった。ここから先は、今度は廊下は左右に伸びてゆく。人けはない。
私は心細さのあまり泣き出しそうになった。
心細い以上に、みじめで、たまらなかった。自分という人間は、あのフランツ=ゴドセヴィーナという男に、何度、誇りを踏みにじられたのだろうと思うと、怒りと悲しみで頭がぐちゃぐちゃになって、息をするのも苦しかった。
私は前髪に両手を突っ込んだ。そして、泣きじゃくりはじめた。
泣きながら、もときた廊下を引き返し始める。
ギィィ、と音がしたのはそのときだった。無数に立ち並ぶ扉のうちのひとつが、開いたのだ。
「……カタリナ嬢?」
いぶかしげな声がした。レヴィンの声だった。
私は息をのんだ。それから、走り出した。
「レヴィン=アーミス!」
「なんですか? さっきから。こんな夜中に、人の名前をやかましく何度も──」
さきほどよりもくつろいだ格好になっていた彼に、私はなりふりかまわず飛びついた。
彼は片手に持っていた銀の燭台を取り落しそうになっていたが、かまわなかった。
「危ない! 火を持っているのですよ、カタリナ嬢!」
彼は怒ったような声で言った。
「離れてください!」
「……ごめんなさい」
私は泣きじゃくりながら彼から離れた。
彼は蝋燭の火で私の顔を照らした。そして、あきれ果てたような顔になった。
「なんですか、突然泣いたりして。夕食をあまり召し上がらなかったせいで、いまさら腹が減った、などというつもりではないでしょうね?」
その言い方がおかしくて、私は泣きながら笑った。
「ち、違うわ。シスター・フィアじゃないんだし、そんなことは言わないわよ……」
「では、なんなんです? ……とにかく、中に入ってください。隣の部屋にも人がいますから」
「そうなの? ……あ、案外、人がいるのね。ここ」
「幽霊城ではないんですよ。さっきも言ったでしょう? 空き室も多いが、住人はいると」
部屋の中にはいくつか明かりが灯っている。いま、火をつけたばかりというようだ。
きれいに整頓された部屋だ。
調度品は私の部屋にあるものとは全然違う。なんというか……異国風なのだ。
明かりが灯るガラスの台も、その下にある棚も、すべてが、物語に出てくる砂漠の宮殿の中にあるものに似た、異国情緒を漂わせている。そして、それらは美しい統一感を持っている。
絨毯は最高級のものだ。踏んでいるだけでふわふわする。
私は泣くのも忘れて、驚いて部屋の中を見回していた。
「す……すごい部屋ね。まるで、砂漠の国の王族の人の部屋みたいだわ」
「珍しいものを集めていたら、このようになってしまったのですよ」
レヴィンは肩をすくめる。
「今日、エトヴィシュ公爵邸で話していたでしょう? すべてアゴランからの交易品です」
「公爵さまと同じ趣味をお持ちなんて、あきれたこと! 貴族でもないくせに」
きっと馬鹿みたいに高いのだろうと思いながら私は叫んだ。
「泣きながらけなしにきたのなら、帰っていただけませんか?」
レヴィンは不機嫌そうに言った。
私は手の甲でぐいと涙をぬぐって、彼を見上げた。
「そ、そうだわ。そんなことを言いに来たわけじゃないのよ」
「いったいなんなんです? 急に」
レヴィンは私を不審げな目で見ながらも、涙を拭う布を近くから取って貸してくれた。
「……これ、何かの敷物じゃなくて? 花瓶か何かの?」
私は、彼がそれを取った棚の上を見ながら言った。
「他に適当なものがないのですから、仕方ないでしょう。それに、使ってませんよ」
「……まあ、いいけど」
私は花瓶の敷物で涙を拭いた。たしかに上等の布のようではある。嬉しくはないけど。
それから、大きく息を吸って気持ちを落ち着かせた。
「すごいことを閃いたのよ、レヴィン=アーミス!」
「……ほう」
レヴィンはうさんくさそうな顔で私を見た。
「泣きながら走ってくるくらいすごいことなのですから、すごいのでしょうね」
「ええ、そうよ。あなたも、聞けば驚くと思うわ」
「だから、何です? 早く言ってください。これでも朝が早いのですよ、わたしは」
レヴィンはいらいらし始めている。
私は彼を改めて見た。
「兄は、聖イローナにいるかもしれない。……そう閃いたの。女の勘で」
「……ほう?」
レヴィンは、片眉をつり上げた。
彼は私の肩に軽く手を置いた。その顔は仕事のときのものになっている。
「その件、詳しくうかがいましょうか? カタリナ嬢」
2012 / 10 / 11. Posted in カタリナの独白 [編集]

カタリナの独白 6

その晩も、レヴィンと一緒に食事をした。
城の食堂。
普段なら国王が食事のときに使う部屋なのだろう。広くて立派な部屋である。
でも、いまはそこはがらんとしている。長いテーブルには私とレヴィンがいるだけ。
「あなたって、王族でもないのにここで食事をしてらっしゃるの?」
私は呆れて訊ねたが、レヴィンが言うには、ここは他の者たちもたまに使うのだということだった。国王がそれを許可しているのだと。
「特に仕事で、誰かと会うときなどにはね。……それに、あの方は留守ですから」
レヴィンは、公爵家に負けず劣らず豪勢な料理をつつきながら言う。
「まあ、これもあなたにとっては仕事ってわけね……」
私はあまり食欲がなかったから、目の前に運ばれてきた新たな皿を見てため息をついた。公爵邸であんなに食べてしまったから、もう何も入らないような感じだけれど。
それに、胸がいっぱいになるようなこともあった。
私は椅子の背にもたれて、自分の長い髪の先をいじりはじめた。
「例のお話ですけれど……」
「カタリナ嬢、そういうことをするのはやめてください」
レヴィンは私の向かいからぴしりと言った。私は顔を上げた。
「え? 何?」
「髪をいじるのを」
「……あ、これ? ……ごめんなさい。癖なの」
「おやめになったほうがよろしいでしょう。金輪際」
「そんなに気に障ったの?」
「……頼みますよ。あなたには次期王妃の教育係もやっていただきたいというのに」
レヴィンが食事の手を止めてため息をつく。
「まあ、引き受けてくださればの話ですがね」
私は彼の顔を見た。
「……そのお話だけれど、気持ちは固まりましたわ」
「そうですか」
「引き受けます」
「それがよろしい。あなたのためにも」
レヴィンは、この話はこれで終わったとばかりにまた食事を再開する。淡々としたものだ。
「もう少し喜んでくださらないの? 執務補佐官?」
「なぜわたしが喜ぶ必要が?」
レヴィンは眉をひそめてみせる。
「なぜと言われたら、そうだけど。でも、けっこう重大な決意なのよ。あのフィアの使用人になるというのは!」
私は憤慨して言った。
「それはそうですね」
レヴィンはようやく納得したように、頷いた。
「大変なご決断をしていただき、ありがとうございます。カタリナ嬢」
と言いながらも、彼は目の前の魚料理を優雅な手つきでさばくのに集中している。
魚よりどうでもいいこと? 私はちょっと顔をしかめた。
「今日、聖イローナに行ったのですけれど、嫌なこともあったのよ」
「ほう」
「それで、と言ったらなんですけれど。結局、わたしはあなたの申し出を引き受けるのが、運命なのではないかと思った次第よ」
「嫌なこととは?」
レヴィンはワインの杯を持ち上げながら言った。
「なんと言ったらいいのか……」
私は胸の前に落ちた髪の先を片手でいじりながら言ったが、またそれをレヴィンに睨まれてやめる。
「院長が、おかしなことを言うのよ」
「おかしなこと?」
「私が、聖イローナの院長職を狙ってる、みたいに言い張るの」
「……ほう?」
レヴィンは少し興味をひかれたようだ。私を見つめる。
「それはたしかに、妙なことを言われたものですね」
「そうでしょう? そんなこと、考えるわけないのによ。でも、落ちぶれた伯爵令嬢は、なりふり構わないことをするんじゃないかと、その院長はお考えになられたようなのよ。それで言い争いのようになってしまったわけ」
「なるほど。見ものだったでしょうね、それは」
レヴィンはおかしそうにくすっと笑った。
そういう、普通の笑い方も出来るのだと知って、私はちょっと意外に思った。なんだか、ちょっとかわいく見えたからだ。私は机の上に肘を乗せ、頬杖をつきながらため息を漏らした。
「なんだか、本当に情けなかったわ……。急に自分が浅ましい人間になったみたいで」
「浅ましいのはその院長であって、あなたではないでしょう」
しごくまっとうなことを言ってくれる。それは嬉しいけれど。
「そうだけど。でも、そういう人間に見られたってことでしょ。……それにしても、院長職って、そんなにいいものなのかしら? 人に取られると心配になるほど?」
「さあ……」
「お小遣いがいいとか? ……でも、自由に使えるお金があったって、修道院の外に出る機会なんてたいしてないわよね。それに、どこへ行っても人に見られてるし。修道服を着ているから」
「聖イローナは、今は運営資金を拠出してくれるパトロンを探しているところでしょう。散財する余裕などないと思いますが」
「そうよねえ……」
「ワイデ侯爵夫人が乗り気のようですがね。あそこの奥方は暇を持て余しておられますから。しかし侯爵本人は気乗りがしないようです。ゴドセヴィーナ伯爵家と関わりがあると見られるのを警戒しているのです。なかなか用心深い方ですからね」
「へえ……」
パトロンの話には興味はない。でも、そんなことまで私に話してくれるんだ。この人。
「私も、あなたに信頼されてきたということかしら? そんな内実の話をしていただけるなんて?」
「信頼? 最初からしていますよ、カタリナ嬢。そうでなければ侍女の話などしません」
レヴィンはすまして言う。そこのところは、やっぱり腹の中が読みにくい人だと思う。
「もっと突っ込んだ話をしましょうか?」
彼は私をじっと見た。妙に凄味のある目に見えた。
「まあ、恐いわね。どんなお話かしら?」
私はわざとらしく首を傾げて訊きかえす。
「あなたの兄上が処罰されるのは、銀の横流しの件のためだけではありません。それと同じくらいの罪だと考えられたのは、自分の一族の娘を王妃にしようとし画策したこと、そのために国王にとって重要な人物を傷つけようとしたこと。このためでもあります」
「……どういうこと?」
私は顔をこわばらせた。
一族の娘を王妃にしようとしたのは知っている。兄はそれを私にさせるつもりだった。私を国王の妃にしようとしたのだ。私はそれを知って兄を見限った。兄の愛が完全に偽りだったと、心の底まで思い知らされたから。
でも、国王にとって重要な人物を傷つけようとした? それは知らない。
「フィアを……どうかしようとしたの? 兄は?」
「彼女を殺すと。そうほのめかしてきた。彼が直接そう言ったわけではありませんが、その件の裏にいたのがあなたの兄であったのはほぼ確実なことです。それをたしかめるために憲兵に追わせているのですが、まだ見つからない」
「兄がそんなことを……」
私は青ざめた。今度こそ、これ以上ないというほど兄を軽蔑したい気分だった。
「フィアを死なせて私を王妃なんかにして。それで、国王の気持ちが私に向くと思ったのかしら? ……愚かな人!」
私は信じれない気持ちで激しく頭を振った。
レヴィンは頷いた。
「だから、彼女を死なせずに、国王から遠ざけようと画策したのですよ。彼女を殺さないことを条件に、別の娘を王妃にしろと迫ってきた。……まあ、すべては終わったことですから、いいのですがね。あとは彼を捕えるだけです。それにはあなたも協力していただきたい」
「……もちろんよ」
私は頷いた。けれど、その言葉を口にしたとき、自分でも思いがけないわだかまりはあった。
──何よ、今さら。あの人のことなんて、どうだっていいのに。
私は自分にいらだった。この期に及んで、まだ兄に執着しているなんて思いたくなかった。
「あの人が私の目の前に現れたら、間違いなく、憲兵に突き出してやるわ!」
私はもう一度言った。強い口調で。
レヴィンは私の顔を見た。
「お願いします。そうすれば、あなたを王妃の侍女にすることに関して、支障になるものは何もなくなる」
「……そうね。罪人の兄がいるのに、王妃の侍女になるわけにはいかないわ」
私は、たしかにそうだと思いながら言った。
「それじゃ、当分私は侍女にはなれそうもないわね。兄は簡単に捕まる人ではないから」
「あちこち調べさせてはいるのですが、いっこうに見つからない。あなたの領地のほうでも、ずいぶんと手をかけて捜索しているのですが……。あなたにも心当たりになる場所はありませんか?」
「残念ながら、ないわ……。私のところには何も連絡がないし。もう来ないと思う」
「ふむ……」
レヴィンは考え込むように片手を顎にやる。
「父のところにいるというのが、一番確率が高いとは思うけれど」
「そうでしょうね。しかしあなたの父上の領地も、広いですから。見つけるのには時間がかかりますね」
「じゃあ、どうするの? 私はそれまでぶらぶらしていればいいわけ?」
「……まあ、あまり表には出ずに、まずは部屋詰めということでどうでしょう?」
「私には選ぶ権利がないわ。あなたがいいと思うようにしてくださいな、執務補佐官」
「では、そうします」
レヴィンは頷いた。そして立ち上がった。
「部屋までお送りしますよ」
「あら、ありがとう」
私も立ち上がった。
「助かるわ。まだ自分の部屋の場所を覚えていないのよね」
「城の中は入り組んでいますからね。それなりに」
「部屋がたくさんありすぎて、どれも同じに見える」
「空き室ばかりですが、たまに住人がいるのでご注意を」
レヴィンは冗談めかして言い、食堂を出る。私もそれに続いた。
2012 / 10 / 10. Posted in カタリナの独白 [編集]
カテゴリ

openclose

タイトルリスト#
≪ Prev. Next ≫
月別アーカイブ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。